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積水ハウス株式会社様

「5本の樹」計画を支えるネイチャーポジティブ効果の科学的評価と未来

“3本は鳥のために、2本は蝶のために、地域の在来樹種を”。これは積水ハウスが20年以上続けている「5本の樹」計画のコンセプトです。この計画では、住宅を建てる地域ごとの気候や生態系に適した樹種を選び、住宅づくりを通じて人にも生き物にも優しい環境づくりを進めています。
しかし、この全国規模の取り組みがどれほど生物多様性に貢献しているかを科学的に評価することは大きな課題でした。そこで、「5本の樹」計画担当者である八木氏を中心とした積水ハウスのチームと、シンク・ネイチャーが協力することで、「5本の樹」計画によるネイチャーポジティブ効果を科学的エビデンスに基づいて定量的に評価するプロジェクトが始まりました。
本記事では、この評価プロジェクトを主導した積水ハウスの八木氏にインタビューすることで、計画の背景や課題、評価プロジェクトの具体的な進め方と成果、この取り組みの社内外における反響をご紹介します。

「5本の樹」計画といえば、貴社の代名詞にもなりうると思いますが、弊社サービス利用前にはどのような課題があったのでしょうか?

これまで分譲地のような狭い個別の範囲だけであれば、「5本の樹」計画が生物多様性に対してどのような影響があるかを現地調査によって評価できていました。しかしながら、建設件数も増えて「5本の樹」計画に取り組む地域が増えてくると、個別の地域に閉じて評価するのではなく、日本全体としてどのような影響があるかを評価したくなりました。在来種を中心に植栽することで生物多様性に対して良い影響はあるはず、とは考えていたものの、それを定量的に評価するまでには至っていませんでした。このジレンマに対して、何か評価する手段はないか、ということを様々な方に相談していたときに出会ったのが、琉球大学の久保田先生でした。

「5本の樹」計画とは

積水ハウスが2001年から取り組んでいる「5本の樹」計画は、”3本は鳥のために、2本は蝶のために、地域の在来樹種を”という思いを込め、気候風土に合わせた地域区分を設け、それぞれに適した樹木を中心に植える庭づくり・まちづくりの取り組み。

下記画像をクリックすると、「5本の樹」計画の紹介ページに移行します。

シンク・ネイチャーのサービスにはどのような期待がありましたか? 

シンク・ネイチャーとの連携により、従来の調査を補完するビッグデータ分析と学術的エビデンスを活用することで、「5本の樹」計画の効果を日本全国で定量化できるようになるのでは、と感じました。従来は人海戦術で行っていた庭木セレクトブックに記載されている誘鳥・チョウ木の情報について、新たに追加する樹種と生物多様性の関係性の裏付にビッグデータを用いた科学的な知見で協力いただきました。その経験と具体的なご提案などから、安心して取り組みを進められる基盤が構築されました。

庭木セレクトブックとは 

積水ハウスが「5本の樹」計画を進める上で重要となる、どのような樹木に対してどのような鳥や蝶といった生物がやってくるかの関係性についてまとめたガイドブック。2024年現在は240ページ近い厚さがあり、「5本の樹」は、288種、園芸種・外来種を含めた一般景樹は、335種、合計623種の樹木を掲載している。

ご担当者様として、弊社と実施した「5本の樹」計画の定量評価に関する取り組み内容について教えてください。

本プロジェクトでは、積水ハウスが20年以上に渡って記録してきた実績データを基に、シンク・ネイチャーの学術的なデータと分析手法を連携することで、全国規模の生物多様性評価基盤を構築しました。

積水ハウスが保有するデータには、物件ごとの植栽発注データより抽出した樹種・本数・位置情報が蓄積されており、この情報をシンク・ネイチャーに提供しました。
一方、シンク・ネイチャーは、生物多様性に関するビッグデータや生物多様性に関する専門的な知見を活用し、積水ハウスが開発した庭木セレクトブックに掲載された樹種と鳥・蝶の関係性を詳細に分析しました。

特に、地域ごとの特性を考慮したデータ解析を通じ、これまで人海戦術では対応しきれなかった課題に対して、新しい視点からの価値を創出することができました。この取り組みを通じ、積水ハウスとシンク・ネイチャーは、それぞれが持つ知見を最大限に生かしながら、新たな生物多様性評価の枠組みを構築するという共創の形を実現しました。

「5本の樹」計画の定量評価によって、どのような成果があったのでしょうか? 

「5本の樹」計画の価値の見せ方が多様になったことは、本プロジェクトの大きな成果です。例えば、シンク・ネイチャーの分析を通じて、鳥や蝶の種数を効果的に示す新しい視覚的な表現方法が導入できました。これにより、これまで直感的に伝えにくかった「5本の樹」計画の全国規模での生物多様性への貢献を、学術的に正確でありながら直感的に理解できる形で提示できるようになりました。

例えば、解析結果を地図やグラフの形式に落とし込むことで、地域ごとの特性や鳥・蝶の種数の増加傾向を視覚的に表現しています。これにより、各地域で「5本の樹」計画がどのような生態系の変化をもたらしているのかを、具体的かつ分かりやすく示すことができるようになりました。

また、「5本の樹」計画を始める前年2000年を基準にすると2050年には40%回復するという結果を得ました。このように科学的な結果を一般の方々にも、より分かりやすく表現する方法も一緒に構築していきました。さらに、この在来樹種による取り組みが当社だけでなく、今後日本で新築される物件の30%について「5本の樹」計画が採用された場合、その回復効果は84.6%まで上昇するという予測ができています。

シンク・ネイチャーと協議を重ねる中で、 どのようなデータを蓄積することによって、生物多様性ビッグデータを活用して、植栽の効果を可視化できるのかを整理することができました。積水ハウスでは、一連の評価の流れを「ネイチャー・ポジティブ方法論」として公開しています。「ネイチャー・ポジティブ方法論」では、達成度や目標設定を数値化できるほかに、 都市部における生物多様性を財務指標化につなげるための方法論としても利用ができ、一般に向けて公開したことで、積水ハウスの取り組みにとどまらず、ノウハウを活用してもらうことで緑化の促進と生物多様性保全への貢献へつなげていくことも目的としています。

これらの取り組みを通じ、これまで伝えきれなかった「5本の樹」計画の生物多様性保全への貢献という価値を、分かりやすく定量的に示すことを可能にしたことで、一般のお客様やステークホルダに対して、より深く計画の価値を理解していただけるようになったと考えています。

弊社サービスを利用して良かった点や、当初抱いていた期待感はそのままであったのか、お教えください。 

シンク・ネイチャーとの協業によって、当初の期待を超える成果を得ることができました。戸建ての緑地は商業地や公園といった他の緑地に比べて規模が小さく、その価値が軽視されがちでした。しかし、積水ハウスが蓄積した情報と、シンク・ネイチャーが持つ豊富なビッグデータと高度な分析手法により、戸建て緑地の価値が科学的なエビデンスに基づき明確に可視化されました。これにより、これまで見えにくかった戸建て緑地の重要性を再確認することができ、大きなメリットとなりました。

さらに、この可視化を通じて、業界や緑地管理に携わる関係者にとっても都市部の緑地が持つ効果が具体的に伝わりやすくなりました。例えば、「5本の樹」計画が地域生態系に与えるポジティブな影響を具体的なデータやビジュアルで示せるようになったことで、『環境にとって良いこと』『生き物にとって良いこと』『暮らしにとって良いこと』を、より明確かつ説得力を持って発信できるようになりました。

このプロジェクトを通じて、緑地が生物多様性や環境保全にとって持つ価値を再認識する機会を得ました。生物多様性に関する知識が深まっただけでなく、緑地が果たす役割を新たな視点で捉えることができました。そして、昨今の生物多様性に対する注目の高まりの中で、シンク・ネイチャーの専門性を活用することで、こうした時代の潮流に乗り、より多くのステークホルダに対して「5本の樹」計画の取り組みの重要性を効果的に説明できるようになったと感じています。

「5本の樹」計画の定量評価については、貴社ホームページでもご紹介されていますが、公開後の社内・社外からの反響にはどのようなものがあったでしょうか? 

「5本の樹」計画は積水ハウスで2001年から始まった長年の取り組みであるため、社内では価値が当然視されがちでしたが、今回のプロジェクトを通じて視覚化された成果やこれまでのノウハウを方法論として公開し、その意義や効果が再認識されました。特に、『都市の生物多様性フォーラム』での発信が高く評価され、社員の計画への関心と誇りが一層高まったと感じています。

一方、地球環境大賞の受賞をはじめ、生物多様性への取り組みを評価する声が社外からも多く寄せられています。お客様からは「この計画が決め手で住宅を選んだ」といった声もいただき、プロジェクトが信頼感の向上とビジネス成果に結びついています。さらに、政府や自治体、他の企業や教育機関からも関心が寄せられ、参考にしたいという問い合わせを多く頂いております。

今後の貴社の生物多様性に関する展望を教えてください!

「5本の樹」計画は、住宅メーカーとして生物多様性や環境にポジティブな影響を与える重要な活動です。今後も計画を継続・拡大し、生物多様性最大化を目指して取り組んでいきます。その一環として、現在開発中の生物多様性可視化提案ツールを現場で活用しやすい形に整え、すべての現場で具体的な成果を生み出せる仕組みを構築していきます。
今後の展望としては、緑地の少ない都市の住宅地において、住宅の庭に樹を植えることを当たり前にするとともに、これまで以上に庭木の種類にもこだわり「質」の高い緑地を提供し、都市の生物多様性保全に貢献していきたいと考えています。また、これまでの「本数」を主体とした評価だけでなく、「質」に注目した新たな指標を検討し、生物多様性への貢献をより多面的に伝えられるようにしていきたいと考えています。