世界の森の豊かさを生物多様性ビッグデータで見える化! 暗号理論とAIによるTNFD対応支援データの開発
地球の陸上生態系を形作る”樹木の種類の豊かさ”を可視化した論文を、American Association for the Advancement of Science刊行の「Science Advances」に発表しました。
これまでは、野外調査の努力量が場所によって大きく異なるために、地球規模での生物多様性の分布を描くことは困難であるとされてきました。生物多様性科学者スタートアップのシンク・ネイチャー 分析チームは、牧野富太郎先生のような植物研究者が収集した標本情報などを地球規模で統合して、維管束植物の分布データベースを構築しました。そして、暗号理論に基づく真の種多様性の推定技術と、AIモデルによる空間予測によって、世界の樹木種多様性マップを完成させました。
今後、私たちは、全球を網羅した生物多様性マップを基に、昆明・モントリオール生物多様性枠組(KM-GBF)の目標、例えば、自然保護区の拡大に関する30by30、ビジネス活動における生物多様性ロス抑止・ゲイン増大など、科学的アプローチで保全再生アクションの実効性を強化し、ネイチャーポジティブを推進します。
論文の背景
生物多様性の総量を把握することは、実は、研究者も含めて人々が考えている以上に難しい問題なのです。と言うのも、地球上全ての生き物の分布を、実際に観測するのは不可能だからです。したがって、世界中の研究者が収集したあらゆるデータを統合して稼働化し、データベースを構築することが第一に重要です。その上で、有限なデータから、生物多様性の全体像を統計数理的に定量することになります。
ここで役立つのが、アラン・チューリングが第二次世界大戦中に暗号解析のために開発した理論を基にした、生物多様性推定手法です。この技術によって、地球上の様々な場所で観測された生き物の分布データを用いて、種の検出率を計算し「世界の樹木種多様性マップしたり、不完全な観測値同士を標準化して、公平に比較することが可能になります。生物の豊かさを高精度で定量した生物多様性マップは、行政や企業の保全再生アクションの実効性を強化し、ネイチャーポジティブを進めるための基盤データになります。
シンク・ネイチャーの分析チームは、全世界で記載された維管束植物(学名)の種リストを作成しました。各種の植物の高さ、草本か木本か(木化するかどうか)等の種特性を網羅的に調べ上げました。そして、被子植物の樹木種に焦点をあて、各種の分布情報を緯度経度の座標に直して、国、地域ごとにデータベース化しました。世界的な被子植物・樹木種のデータ数は、82,974種、13,959,780ポイントに及びました。
樹木の分布は、地球上で不均等に調べられているため、場所によって情報の完全性が異なります。観測データをもとにした種多様性は、情報の完全性の影響を受けています。このため、ある場所で観測された種多様性が低かった時に、本当に種多様性が低いのか、単に観測が不十分なだけなのかが分かりません。
暗号理論に基づく種多様性の推定理論を用いることで、情報の完全性の場所差を標準化することができ、真の種多様性のパターンを抽出することができます。これによって、東アジアの中緯度地域や、西アフリカ中央部などに、木本植物の隠れたホットスポットがあることがわかりました。この結果は、偏った観測データをそのまま用いてしまうと、真にかけがえのない保全優先地域を見過ごしてしまうリスクを示唆しています。
さらに、本論文では機械学習(AI)技術を用いて、暗号理論による種多様性推定結果を分析し、樹木の分布に影響を及ぼす環境要因(気温、降水量、地形など)から、種多様性を予測するモデルを構築しました。これによって、世界の陸域を完全網羅した樹木多様性地図を作成することができました。
世界の陸域を完全網羅した樹木多様性や、データの完全性の推定結果には様々な応用方法が考えられます。例えば、本研究では、既存の自然保護区、エコロジカル・フットプリントの地図と重ね合わせることで、将来的な植物調査の優先地域を特定しました。潜在的に種多様性が高いにも関わらず、これまでに採集が十分に行われていない場所で、且つ、保護規制もなく、人間活動による生態系消失が進んでいる場所は、直ちに植物調査を実施し、生物多様性の現状を調べるべき場所と言えます。そのような場所は、南米中央部、アフリカ中央部、亜熱帯中国、東南アジア島嶼などの低緯度に分布していました。これらの地域における樹木種分布データの充実は、世界の生物多様性保全のための自然保護地域ネットワークの有効性を向上させるのに役立ちます。
追記になりますが、世界中の植物学者・愛好家の地道な研究成果が、暗号理論とAIによって、地球の生物多様性の豊かさを可視化することに寄与し、それがネイチャーポジティブの原動力になるのです。この論文が、植物愛好家の活動意義に光を当てる機会になることも、私たちは願っています。
今後の展望
ネイチャーポジティブを実現するアクションには、生物多様性ビッグデータとAIを駆使した自然資本の可視化がキーテクノロジーになります。このようなモチベーションから、シンク・ネイチャーのTNFD対応支援サービス「TN LEADベータ版」では、本論文で可視化された樹木種多様性マップを既に実装しており、ビジネスにおける森林リスクコモディティ(木材、パーム油、天然ゴム、牛肉、大豆、カカオなど)の生産に伴う自然関連リスクの定量評価を開始しています。本論文で発表した高精度の生物多様可視化データを活用すれば、金融・機関投資家・企業向けの生物多様性対応の実効性を強化でき、TNFD対応そのものがビジネスとしても大きな価値を生み出せる状況を実現できるでしょう。
発表論文
【タイトル】英文(日本語)Occurrence-based diversity estimation reveals macroecological and conservation knowledge gaps for global woody plants.
【著者】Buntarou Kusumoto, Anne Chao, Wolf L Eiserhardt, Jens-Christian Svenning, Takayuki Shiono, Yasuhiro Kubota
【雑誌】Science Advances(2023年10月6日発行)
【DOI】10.1126/sciadv.adh9719
【URL】https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adh9719
会社概要
生物多様性科学において卓越した研究業績を有する研究者で構成されている琉球大学発スタートアップです。世界の陸・海を網羅した野生生物や生態系の時空間分布を、自然史の研究論文や標本情報、リモートセンシング(人工衛星・ドローンによる観測)、環境DNA調査、野生生物の行動記録(バイオロギング)、植物・動物愛好者の研究などで収集された生物関連データ(地理分布、遺伝子、機能特性、生態特性など)を元にビッグデータ化し、AI等の最先端技術を用いたネイチャーの可視化や予測やシナリオ分析技術を有しています。TNFDのデータカタリストイニシアティブに参画し、自然資本ビッグデータを活用した自然の持続的利用に関する分析、評価、 ソリューション TN LEADで、金融機関・機関投資家・企業の生物多様性対応を支援しています。また、生物多様性の記載に尽力している研究者を表彰する「日本生態学会自然史研究振興賞」を提唱し、賞金を提供して基礎科学の裾野を支える活動を行い、さらには一般向けに、生き物の豊かさを、地図で見える化したスマートフォンアプリ「ジュゴンズアイβ版」(無料)をリリースし、生物多様性の主流化(教育普及)を推進している。
https://think-nature.jp/service03
https://note.com/thinknature/n/n885ba7f11009
https://services.think-nature.jp/dugongsai/
https://note.com/thinknature/n/n962f40ed53d0