

社会のリアリティを探求する研究者──渡邉謙二さんの挑戦
科学と多様な人材の力で、自然と経済をつなぐ挑戦—シンク・ネイチャー
地球規模の環境問題が深刻化するなか、私たちは今、自然環境と経済活動の両立という難題に直面しています。従来の経済活動はしばしば自然資源を消耗させ、生物多様性を脅かすことがありました。しかし、持続可能な社会を築くには、自然と調和した経済活動への転換が不可欠です。
シンク・ネイチャーは、このような課題に取り組むために設立された会社です。最先端の科学的分析を駆使し、生物多様性を守りながらも経済活動を活性化させるソリューションを生み出すことを使命としています。その最大の特徴は、多種多様なバックグラウンドを持つ専門家が集結していることです。生物多様性など自然科学の研究者、コンサルタント、データサイエンティスト、経営管理のプロ、エンジニアなど、さまざまな分野から集まったメンバーがそれぞれの専門性を活かし、力を合わせて問題解決に挑んでいます。
本シリーズでは、シンク・ネイチャーの個性豊かなメンバーのストーリーを通じて、そのユニークな取り組みと魅力に迫ります。
社会のリアリティを探求する研究者──渡邉謙二さんの挑戦さんの挑戦
「言葉にならない“もやもや”を言葉にするのが僕の仕事です」
シンク・ネイチャーのソリューション営業部長、渡邉謙二さんはそう語る。
シンク・ネイチャーは、生物多様性を守りつつ経済活動を活性化させるためのソリューションを提供する企業だ。渡邉さんは営業職の枠を超えて、研究者として顧客と共に課題の本質を探り、新たな問いや価値を生み出している。

『自由からの逃走』に学んだ研究者の社会的責任
渡邉さんは博士課程まで、生態学を専門に植物や昆虫、菌類の相互作用を研究していた。当時の研究生活は充実していたが、「社会に触れなければ、本当のリアリティ(現実)は掴めない」と感じ始めていた。

そんなときに出会ったのがエーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』だった。フロムがこの著作を発表したのは、研究全体が完成するのを待たず、「広範な研究の一部」として途中段階で世に出したものだった。それは、近代社会が直面する危機に対して、研究成果を早く社会に還元する責任があるという信念からだった。フロムは学問的な厳密さをある程度犠牲にしてでも、より広い視点を哲学者や社会学者など他分野の読者と共有し、現実の問題に対応することを優先したのだ。
その姿勢に強く共感した渡邉さんは、研究者が完璧な答えを追い求めているうちに社会の現実が変化してしまい、手遅れになることを危惧したという。そして社会のリアリティに直接触れながら、研究を早期に実践し社会と共有することが現代の研究者に必要な姿勢だと考え、アカデミアを離れて社会の現場で研究活動を続けることを決意した。

漠然とした課題を整理し、本質を掴む
研究の世界を出て渡邉さんが次に飛び込んだのはデータサイエンス企業だった。そこで直面したのは、企業が抱える曖昧で漠然とした課題だった。
「例えば『売上が下がっている』といった問題も、原因が明確にわからないことが多いのです。その漠然とした問題を限られた時間の中で整理し、少なくともこれは間違いのないというポイントを掴んで企業のアクションにまで繋げるプロセスにやりがいを感じました」

シンク・ネイチャーでも渡邉さんの姿勢は変わらない。顧客との対話を通じて課題の本質を探り、データ分析と組み合わせて具体的な価値を生み出している。2023年にシンク・ネイチャーに参画して以降は、顧客となる企業と社内の専門家を繋ぎ、両者と対話することで課題を深掘りする役割を担っている。
「私が営業として重視しているのは『話し合う』ことです。お客様が感じる課題や違和感を丁寧に掘り下げ、本当に解くべき問題を見つけることが私の役割です」
例えば、生物多様性を事業所ごとに見える化するなど、簡単には数値化できない課題にも取り組む。顧客と一緒に課題を深掘りするプロセス自体が、新たな価値を生む重要な活動になっている。

都市の中の生物多様性、そして共に考える姿勢
渡邉さんはある日、新橋のラーメン屋に並んでいる時、横にある植栽を見てふと気づいたことがある。

「一緒に並んでいる人は、歴史を後ろに振り返れば、それぞれ今に繋がる途切れのない家系がある。ただし、これは人間だけの話ではなく、そこに植えられている樹木にもあてはまる。植物も含めて横並びになって今の一線を生きる中で、ここで一緒に立っている――その視点を持つだけで、街の風景がまったく違って見えました」

自然は遠い場所だけでなく、都市の中にも確かに存在している。人間の世界で感じ得た理解を身近な生物にも向けることが、人と自然の繋がりを深める鍵だと考えている。

また渡邉さんは「伝える」ことを、「共に考え問いを深めるきっかけ」だと捉える。
「生物多様性の重要性は一方的に伝えるものではありません。一緒に考え、問いを共有し、解を生みだそうとして一緒に耕していく空間、土壌とでも言うべきものにこそ、本当の価値があると思います」

だからこそ、シンク・ネイチャーで働く仲間に対して渡邉さんはこう期待している。
「問いが明確でなくても、自分の言葉で考えることを諦めない人。専門が違っても互いに理解し合いながら、一緒に価値を生み出すプロセスを楽しめる人と働きたいです」
社会のリアリティに深く踏み込み、本質的な問いを探求し、新しい価値を共に創り出す。渡邉謙二さんが目指す「研究者」の姿は、まさにここにある。
