神奈川の生物多様性：地域戦略・保全利用を考える
東京湾や相模湾に面した低地、丹沢山地や箱根山などの火山、数多くの河川が、生き物にとって様々な環境をもたらし、神奈川の生物多様性を特徴づけています。
はじめに
生物多様性の保全や利用を考える場合、どのような生き物が、どこに分布しているのかを把握することが、第一ステップになります。地域の住民の皆さんも、自分たちの周辺に、どのような生き物が暮らしているのかを知ることができれば、生物多様性への親しみや、理解も深まると思いました。このような意図から、日本の地方自治体（47都道府県）の生物多様性の特徴を可視化して、保全利用に関わる科学情報を普及させていくことにしました。
https://note.com/thinknature/n/nb91938331fcf
この記事では、神奈川県の生物多様性の保全利用に関する分析結果をお知らせしていきます。新たな分析結果が出力でき次第、随時その内容も加えて、この記事自体を更新していくつもりです。また、この解説は、日本の生物多様性地図化ウエブサイト（保全カードシステム）と連動させて情報提供しています。生物多様性の様々な地図情報（レイヤー）を、チャンネルを切り替えて閲覧できますので、以下サイトをご覧ください。
https://biodiversity-map.thinknature-japan.com/
https://note.com/thinknature/n/n1a6b73a5710a
神奈川県の生物多様性を特徴づける環境条件
神奈川県は、東部は東京湾、南部は相模湾に面しています。
県の東には、多摩川が流れて東京湾に注ぎ、東京都との境をなしています。多摩川の西側の流域には下末吉台地が広がり、鶴見川が流れて東京湾に注いでいます。
鶴見川の南には、多摩丘陵さらに三浦丘陵が広がり、三浦半島が太平洋に突き出しています。三浦半島の南端には、三崎台地があります。
神奈川県中央部には、相模原台地や伊勢原台地が広がり、相模川や引地川（境川）や金目川が南へ流れ、相模平野をぬけて相模湾に注いでいます。
神奈川県の北西部には関東山地の一部をなす丹沢山地、西部には足柄山地や箱根山があり、山梨あるいは静岡との県境をなしています。
丹沢山地の中央部には、蛭ヶ岳（1673m）、丹沢山（1567m）、塔ノ岳（1491 m）が連なっています。
蛭ヶ岳ー丹沢山ー塔ノ岳の東側の東丹沢には、中津川や小鮎川が流れ出し、それら流域の間に中津山地が広がっています。
蛭ヶ岳ー丹沢山ー塔ノ岳の西側の西丹沢には、檜洞丸（1601m）、大室山（1587m）、畦ヶ丸（1293m）、菰釣山（こもつるしやま）（1379m）、三国山（1343 m）が連なっています。
蛭ヶ岳の北部には北丹沢、塔ノ岳がなす尾根の南部には表丹沢の山地が広がっています。丹沢山地山麓には秦野盆地があり、その南には大磯丘陵が広がっています。
県西部の足柄山地には、金時山 (1213m)や矢倉岳（870m）などが連なっています。静岡県境の箱根山（1438m）の火山が連なり、そのカルデラには湖の芦ノ湖があります。
丹沢山地の中央からは玄倉川、北西部の大室山からは河内川（中川川）、足柄山地からは世附川（よづくがわ）が発し、ダム湖の丹沢湖で合流します。
丹沢湖からは酒匂川が流れ出て、箱根山の東山麓を流れて、足柄平野で狩川と合流して、相模湾に注いでいます。
山梨県の山中湖から発した桂川は、ダム湖の相模湖や津久井湖にいたり、丹沢山地から発した道志川と合流します。相模湖や津久井湖からは、相模川となって流れ出て、東丹沢からの中津川や小鮎川と合流して、神奈川県中央部の相模原台地や伊勢原台地の間を下り、相模平野にいたります。
東京湾や相模湾に面した低地から、丹沢山地や箱根山などの山地、数多くの河川などが、生き物にとって様々な環境をもたらし、神奈川の生物多様性を特徴づけています。
それでは、神奈川の生物多様性（植物・動物の種数）の地図を見てみましょう。
生物多様性の可視化：種数地図
生物種の分布予測を元にして、種数を１kmスケールのメッシュごとに数え上げて、地図化した結果を以下に紹介します。赤色のメッシュは種数が多い地域です。
維管束植物（木本・草本・シダ）の種数が豊かな地域は、相模川や中津川の上流域や東丹沢の山地、表丹沢から足柄山地にかけて、および酒匂川の上中流域、箱根山周辺、多摩丘陵などです。
土地利用の変化が日本の生物多様性に与えた影響については以下の記事をご覧ください。分析方法と日本全体の傾向がわかります。
https://note.com/thinknature/n/n13c6efe5ecc6
https://note.com/thinknature/n/n80c933e68777
哺乳類の種数が豊かな地域は、丹沢山地および相模川や中津川の上流域、玄倉川や河内川の流域、足柄山地の世附川や酒匂川上流域、箱根山周辺の山腹などです。
鳥類の種数が豊かな地域は、多摩川や鶴見川の流域および東京湾沿岸、相模川流域と相模平野の水系（金目川や引地川などの下流域）、酒匂川下流域や足柄平野、三浦半島南端の沿岸域などです。
爬虫類の種数が豊かな地域は、三浦丘陵や多摩丘陵、相模原台地の一部、相模湾沿岸低地の一部などです。
両生類の種数が豊かな地域は、丹沢山地および相模川や中津川の上流域、玄倉川や河内川の流域、足柄山地の世附川流域や酒匂川上流域、大磯丘陵、三浦丘陵や多摩丘陵の一部などです。
淡水魚類の種数が豊かな地域は、多摩川や鶴見川の流域、相模川や中津川の流域、および金目川や引地川など相模平野の水系、酒匂川など足柄平野の水系、三浦半島の水域などです。
生物多様性の保全重要地域を特定する方法
生物多様性の保全重要地域はどこですか？と聞かれたら、多くの人は「生物の種類数が豊かな地域」と答えるかもしれません。その解答は、ある意味正しいのですが、他にも考えるポイントがあります。
生き物のレア度：希少性
例えば、生物の種数は少なくても、他の場所には存在しない、そこだけに分布する生き物（固有な生物種）がいたら、そこは、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所と言えます。
つまり、保全重要地域を特定する場合、生物の分布情報を基にして、レアな＝希少な生き物が、どれくらい分布しているのかを定量する必要があります。
保全政策上の重要生物：絶滅危惧種
また、生き物の種類によっては、絶滅が危惧されている種もいます。そのような生物はレッドリスト種に指定されて、重点的な保全施策が図られています。したがって、絶滅危惧種が分布しているかどうかも、かけがえのない場所を特定する上で考慮する必要があります。神奈川県は1995年に神奈川県立生命の星・地球博物館が「神奈川県レッドデータ生物調査報告書」を作成し、その後も調査検討を行い2006年に「神奈川県レッドデータ生物調査報告書2006」を公開しています。
http://conservation.jp/tanzawa/rdb/
生物の機能：人間社会にとっての生物の価値（生態系サービス）
生き物は様々な機能を持っていて、私たちは生物を資源として利用し、生物多様性や生態系サービスの恩恵に浴しています。したがって、それぞれの生き物が持っている価値も、かけがえのない場所を特定する上で重要な情報になります。
ここでもう一つ問題があります。それは私たち人間社会の都合です。
地域社会の経済活動
例えば、市街地や農地のように経済活動が活発な土地区画は、神奈川県の地域社会の持続的発展のために重要なエリアです。つまり、私たち人間にとって重要な土地区画を維持しつつ、生物多様性を保全して、両者のバランスをうまく調整する必要があります。
そこで、神奈川県内の１km x １km土地区画メッシュ全ての、人口・道路密度・市街地・農地など社会経済に関するデータも整備します。
これによって、地域社会の経済活動が活発なエリア（特に人口密度の高い土地区画）を避けつつ、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所はどこか？を探索することができます。
具体的には、神奈川県を１km x １kmの土地区画メッシュに分割して、それぞれのメッシュに、どれくらいレアな生き物がいるのか、どれくらい絶滅危惧種がいるのか、どれくらい価値ある生物がいるのかを定量して、場合によっては、利害関係者の要望を元に、例えば地域社会の経済活動が活発なエリア（特に人口密度の高い土地区画）を考慮しつつ、生物多様性を保全・利用する上で、どのメッシュがどれくらい重要なのかを順位付けします。これは、生物多様性の空間的保全優先地域の順位付け分析と呼ばれます。
https://note.com/thinknature/n/n9559454d59b2
神奈川県の生物多様性の保全重要地域
維管束植物（木本・草本・シダ植物）と脊椎動物（哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類）を統合して、生き物の種ごとの希少性・レッドリストランク・有用性などを考慮して、神奈川県の生物多様性保全の重要地域を順位づけした結果が以下の地図です。
注）土地区画の社会経済的価値も組み込んだ分析結果は今後公開予定です。
神奈川県の生物多様性の保全重要地域は、多摩川流域と下末吉台地、鶴見川流域、相模川や中津川の流域や相模原台地の北部、金目川流域、酒匂川下流域、相模湾沿岸の一部、箱根山周辺などです。
以上は植物と脊椎動物の地図情報を統合して、全生物分類群を包括して保全優先地域をスコアリングした結果でした。
次に、それぞれの生物毎に保全重要地域を見てみましょう。
維管束植物（木本・草本・シダ）の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、箱根山周辺、丹沢山地および相模川や中津川の上流域、丹沢山地や足柄山地周辺の河川（玄倉川・河内川・酒匂川）流域の一部、多摩丘陵の一部などです。
哺乳類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、箱根山周辺、丹沢山地および相模川や中津川の上流域と相模原台地の北部、丹沢山地や足柄山地の河川（玄倉川・河内川・世附川・酒匂川）の上流域の一部、多摩丘陵の一部などです。
鳥類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、多摩川や鶴見川の流域および東京湾沿岸、相模川流域と金目川流域および相模平野、足柄平野の酒匂川流域、三浦半島南端の沿岸域などです。
爬虫類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、相模平野および相模湾沿岸の低地、三浦丘陵、多摩丘陵の一部などです。
両生類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、相模川や中津川の上流域と相模原台地、丹沢山地や足柄山地の一部（世附川・玄倉川・河内川・酒匂川の流域）、箱根山の南側山麓、大磯丘陵、三浦丘陵などです。
淡水魚類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、多摩川や鶴見川の流域、相模川や中津川の流域および金目川流域、酒匂川流域などです。
神奈川県レッドデータブック（RDB）事業の検証
生物分布データを用いて、神奈川県RDBにリストされている種の希少性を分析しました。分析の意図と手法については以下の記事を参照してください。
https://note.com/thinknature/n/n4d292ef5192c
維管束植物と脊椎動物（哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類）を見ると、RDBランクが高いほど、縦軸の該当種の分布メッシュ数が少ない傾向があります。種の希少性を比較的よく反映したランク付けになっています。ただし、現RDB「指定なし」にも（横軸の右端のランクに）希少種が含まれています。また、RDBランク間の希少性の違いが必ずしも明確でない分類群もあります。
図中のRDBランクの略称は、情報不足（DD）、絶滅危惧ⅠA類（CR）、絶滅危惧ⅠB類（EN）、絶滅危惧Ⅱ類（VU）、準絶滅危惧（NT）。
図中のRDBランクの略称は、情報不足（DD）、絶滅危惧ⅠA類（CR）、絶滅危惧ⅠB類（EN）、絶滅危惧Ⅱ類（VU）、準絶滅危惧（NT）。
図中のRDBランクの略称は、情報不足（DD）、絶滅危惧ⅠA類（CR）、絶滅危惧ⅠB類（EN）、絶滅危惧Ⅱ類（VU）、準絶滅危惧（NT）。
図中のRDBランクの略称は、情報不足（DD）、絶滅危惧ⅠA類（CR）、絶滅危惧ⅠB類（EN）、絶滅危惧Ⅱ類（VU）、準絶滅危惧（NT）。
図中のRDBランクの略称は、情報不足（DD）、絶滅危惧ⅠA類（CR）、絶滅危惧ⅠB類（EN）、絶滅危惧Ⅱ類（VU）、準絶滅危惧（NT）。
以上のような分析をもとにして、RDBに追加すべき種やランク付けを検討できるでしょう。
本記事の分析結果の関連論文
久保田 康裕, 楠本 聞太郎, 藤沼 潤一, 塩野 貴之 生物多様性の保全科学：システム化保全計画の概念と手法の概要. 日本生態学会誌 67: 267-286.