生き物好き・自然愛好家・ナチュラリストの個体群動態を考える
自然環境や生物多様性の保全、自然資本の持続的利用を達成するためには、自然や生き物に関心を持っている人、さらに言うと、生物に関する科学的知見を持っている人が、社会にどれくらい存在しているかが重要なポイントになります。
そういうわけで、生き物に関わる研究者をはじめとして、自然愛好家・ナチュラリストの個体群動態を分析して、将来的な動向を考えてみたいです。
その前に、こんなことを考えるように至った経緯の、おさらいです。
生物多様性研究の基盤情報になる生物分布の記載データの集積が、最近になって停滞・減少していることを述べました。以下の記事で紹介した生物分布データ集積の時系列グラフは、環境省の環境研究総合推進費プロジェクト(環境変動に対する生物多様性と生態系サービスの応答を考慮した国土の適応的保全計画)の中間報告会で、紹介した成果でした。
https://note.com/thinknature/n/nffa0c20bcddd
https://note.com/thinknature/n/nc2c059eb7192
中間発表のプレゼン後の質疑応答の時間では、この生物分布データ集積の時系列グラフに質問が集中しました。評価委員の先生方は、私たちのプロジェクトの分析結果の本体よりも「なぜ、データが減少しているのか?!」と驚愕したような質問で、私は「せっかく色々分析してきたのに、え、そこなの」みたいな感じになってしまいました(苦笑)。
その後も、生物分布データ集積の時系列グラフへ関する反響は大きくて、その理由を考えた結果が、以上の2つの記事でした。
それで、今回の記事は、その続編というわけです。
オーストラリアのHaqueさんは博士論文で、植物標本情報を活用してオーストラリアの植物多様性パターンを明らかにしています。
Haque et al. 2018. A journey through time: exploring temporal patterns amongst digitized plant specimens from Australia. Systematics and Biodiversity. https://doi.org/10.1080/14772000.2018.1472674
以下のグラフは、Haqueさんの博士論文に示されている、オーストラリアの植物標本の集積数の時系列変化です。
1980年代辺りに標本収集のピークがあり、その後は、減少しています。日本の植物分布データの集積とよく似たパターンです。
私の研究室には、昨年12月から今年2月までオーストラリア王立植物園のダニエル・マーフィーさん(オーストラリアの植物分類学会の会長)が滞在しておられたので、近年の標本収集数の減少について議論になりました。マーフィーさんが言われるには「1980年代までは大規模なプロジェクトが走っていたので、組織的にオーストラリア全土で植物標本が収集されて、それがひと段落ついたことが、近年の標本収集が減少している理由かもしれない。でも、一方で、分類学者みんなが感じていることとして、分類学自体が人気がなくなって研究者の層が薄くなってきていることが背景にあるのだろう」といった見解でした。
生物標本収集や生物分布記載のような、基本的な情報集積の減少傾向と、その背景にある理由は、世界的に共通しているのでしょうか。
私の前記事では、「生物分布データが近年集積されにくくなっている理由には、基礎的な調査活動がやりにくくなっている、昨今の研究者事情(予算の制約)があるのかもしれない」という見解を示しました。さらには、オーストラリアのマーフィーさんの言われるように、そのような調査研究に関わる研究者の層も薄くなっているのかもしれません。
そこで、このような見解を検証するために、関連情報を収集してみました。学会の会員数や、自然愛好家が集まっていると予想される団体の会員数の時系列変化はどうなっているのでしょうか。
以下のグラフは、日本植物分類学会の会員数の推移です。2009年に会員数のピークを迎えて以降は、近年の会員数はピーク時に比べて14%減少しています。
日本植生学会は学会大会の参加者数情報がネット上にあったので、それをグラフ化してみました。会員数と学会大会参加者数は大まかには比例するでしょうから、会員数のトレンドを反映していると思います。日本植生学会も2005年前後をピークに、それ以降は会員数が激減しているようです。今後10−20年で、学会として成り立たなくなるような衰退ぶりです。
自然環境保護団体の会員は、自然愛好家やナチュラリストの方が多くて、基礎的な調査にも関わっています。例えば、日本野鳥の会や日本自然保護協会は、環境省のモニタリングサイト1000(正式名称:重要生態系監視地域モニタリング推進事業)の一部を請け負って、会員の方が中心になって、地域の生物多様性モニタリングを行なっています。ですので、日本野鳥の会と日本自然保護協会の個人会員の会費を指標にして、それらの団体の動向をグラフ化してみました。
野鳥の会の近年の会員減少は深刻で、2007年と比較して30%も会費収入が減少しています。個人会員がかなり減少しているように見えます。
日本自然保護協会の個人会員の会費の推移も、2003年と比べて会費収入が25%も減少しており、会員数が減少しているようです。
北海道自然保護協会の会費収入の動向も、同じような減少傾向です。2010年と比べて35%も減少しています。
日本の人口構成は高齢化が進んで若者が少なくなっているので、どのような学会・団体でも、若者のリクルートがうまくできなければ、減少傾向になるのは当然です。母集団の高齢化・少子化を反映した会員数の減少であれば、やむ終えないのかもしれません。
しかし、生き物好き・自然愛好家・ナチュラリストの社会に占める相対的な割合は増えているように感じるのですが、この認識は間違っているのでしょうか。
また、最近では、自然環境問題への社会的な関心は高くなっており、昔に比べて、生物多様性保全の重要性は社会的に認識されているはずです。
だとすると、生き物好き・自然愛好家・ナチュラリストが属する団体の会員数が著しく減少するのはどういうことなのでしょうか。自然愛好家や自然環境問題に関心にある若い人たちは、従来の関連学会や団体とは別のところに吸引されていて、従来とは違った集まりで(あるいは個人レベルでSNSなどを通じて)活動ができているのなら、それでいいのでしょうけど、どうなのでしょうか。
以上のグラフが深刻な事を示唆していなければいいのですが。
SDGs目標14・15の達成を推進するためにも、自然や生き物に関する科学的知見を持っている人を増やしていく必要があります。そのためにも、生き物に関わる研究者をはじめとして、自然愛好家・ナチュラリストの個体群動態を、もっと詳細に分析して、将来的な動向を予測する必要があると思います。
自然史関連の学会の会員数、自然愛好家の団体(地域の植物同好会や昆虫同好会など)、自然環境関連の市民団体の会員数、全国の地域の博物館などが実施している様々な自然観察会(探鳥会・植物観察会など)の参加者数情報などを、網羅的にデータ化して地図化すれば、様々な観点での分析ができるのですが。
このような問題に関心にある方、コメントご協力頂けるとありがたいです。DM(kubota.yasuhiro@gmail.com)で構いませんので、よろしくお願いします。