沖縄のジュゴンは絶滅したのか?
海外研究者の方に、沖縄のジュゴンの現況について取材され、以下のジュゴン絶滅論文に関して見解を求められました。私の備忘録もかねて、その内容をこの記事で解説したいと思います。
https://nordot.app/770693427546177536?c=39550187727945729
Kayane et al. (2021) Local extinction of an isolated dugong population near Okinawa Island, Japan.
2022年4月12日に公開された論文は以下です(2022年5月26日追記)。
https://www.nature.com/articles/s41598-022-09992-2
この論文は、個体群動態を記述する数理モデルで、沖縄島近海のジュゴン個体数の変化を分析しています。
このモデルの重要な仮定は、沖縄島近海のジュゴン個体群は、孤立した閉鎖個体群である、という点です。
つまり、沖縄の外からジュゴンが分散・移入することは、考慮されていません。
また、モデル分析には、捕獲・混獲されたり漂着したジュゴンの死亡個体数のデータを用いています。
つまり、環境省や沖縄県が調査している、最近のジュゴンの分布情報(痕跡記録)は、この論文の分析には含まれていません。この数理モデルの性質上、個体数としてカウントできない分布記録は、データとして考慮できません。
このような数理モデルを元に、ジュゴンの個体数変動を予測すると、2019年には個体群動態モデル的には「ジュゴンの個体数を捉えることができなくなった」ということです。下のグラフは、横軸が年代、縦軸がジュゴンの推定個体数で、ジュゴン個体群の年変化を示しています。
そして「ジュゴンを個体群として定量できなくなった」ということを、著者らは「絶滅した」と解釈しています。
ちなみに、絶滅種の指定は、長期にわたって目視記録が全く無くなったことで判断されます。しかし「本当に1個体もいなくなったのかどうか?」は、検証するのが困難なので、種の絶滅判定には、とても時間がかかります。
例えば、ニホンカワウソは1979年以降、信頼できる目視記録が無くなり、2012年に(30年以上も経過して)絶滅種に指定されました(以下文献参照)。
吉川・谷地森・加藤(2017)日本で最後の生存記録となったニホンカワウソ個体に関する目撃情報の整理. 哺乳類科学 57:329-336
「沖縄のジュゴンが個体群として成立していないから絶滅した」という解釈を支持する研究者は、一部にはいるかもしれませんが、絶滅判定するには、数理モデル の分析結果とは別の情報も考慮する必要があります。
このジュゴン論文の結果も基に考えると、以下の2点に注目すべきでしょう。
注目点その1) そもそも、個体群動態モデルの仮定が、沖縄のジュゴンの動態に当てはまらない可能性が高い。
つまり、沖縄のジュゴンは閉鎖・孤立した個体群ではなく、系外からの分散移入で成り立っている、ということ。
フィリピンには大規模なジュゴン個体群が分布しており、それがソース(源)になり、沖縄周辺の海域へ分散個体を供給していると考えれます。
実際、沖縄県や環境省の調査で明らかなように、調査すればするほどジュゴンの分布痕跡が沖縄県近海のあちこちで確認される訳ですから、フィリピン海域から新規個体が常に移入していることが想像できます。海外の調査では、ジュゴンは数百キロ移動し、まれに千キロ以上も移動することが報告されてます。
注目点その2) ジュゴンの生息状況や個体数の情報は、とても不完全である。
何より、ジュゴンに関する十分なデータがないために、ジュゴン個体群を定量したり、個体群の増減を予測するのが難しい。
以上から、私の見解をまとめます。
沖縄のジュゴンの生息情報は十分得られているので、ジュゴンに関する基礎情報を充実しつつ、現存するジュゴンや将来的に移入してくるジュゴンの「受け皿」となる生息適地を保全あるいは再生すべきでしょう。
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