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気候-自然ネクサスな金融機関の行動(ファイナンスシリーズ第3回)

執筆者:Tsuyoshi Hatao

気候と自然の相互作用

気候問題はより大きな環境問題の一部です。したがって、気候変動対策や適応策を講じる際には、自然資本に与える影響を常に考慮し、自然資本の保全と回復に貢献するよう設計される必要があります。残念ながら、不適切に設計された気候変動対策が、自然資本を損なってしまう事例は少なくありません。例えば、再生可能エネルギー発電所建設や電気自動車(EV)の蓄電池に必要な原料の調達が環境に悪影響を及ぼすことがあります。

また、気候変動と生物多様性の喪失は密接に関連しており、互いに悪影響を及ぼし合います。気温上昇や異常気象の増加といった気候変動は、生態系に大きな負荷を与え、生物多様性を損ないます。さらに、主要な生息地の喪失や生物多様性の変化は、炭素循環などに影響を与え、気候システムを悪化させます。例えば、森林破壊は、吸収源である森林を減少させることで気候変動を加速させますが、気候変動による乾燥や高温は森林火災を頻発させ、森林破壊をさらに悪化させるという悪循環を生み出します。特に重要なのは、これらの変化が直線的ではないことです。ある限界点(ティッピングポイント)を超えると、自然システムは急速に変化し、生物多様性、気候に壊滅的かつ不可逆的な影響をもたらす可能性があります。例えば、アマゾンの熱帯雨林が乾燥化によってサバンナへと変化することで、地球全体の気候システムに大きな影響を与える可能性があります。この相互作用により、環境問題に関する物理リスク評価は複雑さを増し、リスクの過小評価につながる可能性があります。

金融システム全体を考えた場合、このような複雑な相互作用による予測の困難さや自然システムの不可逆な劣化の可能性は、より深刻な課題となります。従って、気候変動と生態系サービスの劣化を可能な限り抑制し、不可逆な水準への到達を遅らせるために、GHG排出量にとどまらず、自然資本に与える包括的な影響の把握と抑制が必要不可欠と言えます。

財務マテリアリティと環境マテリアリティ

事業や金融機関にとって、自然への依存関係を通じた物理リスクや、社会の変化による移行リスクの顕在化は、事業のパフォーマンスを低下させる直接的なリスクとなります。一方、事業が環境に及ぼす影響は、局所的あるいはシステミックに自然への依存と物理リスクを通じて事業にフィードバックされます。例えば、アマゾンにおける大豆農地開発に伴う森林破壊は、すでにアマゾンの降雨量を減少させ、大豆の収穫量が損失しているとの研究があり、大豆の調達コストの上昇はサプライチェーン上の全ての事業にとっての財務リスクとなります。このような環境への影響のフィードバックが及ぼす事業への財務インパクトを評価することは、総合的なリスク管理の観点やインパクト投資などの個別案件の評価のためにも重要です。そのためには例えば気候変動と生物多様性喪失の相互作用を考慮したシナリオ分析は有力な手段でしょう。

TNFDでは、会計開示基準としてのマテリアリティ・スコープに選択肢があるものの、事業にとってのリスクと環境への影響に同様の重きを置いたフレームワークとなっています。TCFDを含めた気候変動対策においても、環境への圧力であり影響であるGHG排出量の削減が事業や金融機関にとっての主要な管理対象となっています。また、気候と自然の相互作用の観点から、TNFDにおいてGHG排出量を含めた自然への影響の一体的な管理が求められています。これは、環境への個別の影響がどのように財務インパクトにフィードバックしてどの程度の経済損失に結びつくのか、リスクと影響を統一的に評価することが難しい現状で、その両方を個別に把握することが、環境保全への行動に結びつく第一歩だとの考え方に立脚していると思われます。

一方で、具体的な行動の動機づけとしては、環境マテリアリティよりも財務マテリアリティの方がわかりやすいと考えられます。例えば、自社のGHG排出量や環境破壊に伴ってどの程度災害が増えるのか、どの程度サプライチェーンの農作物の供給が減るのかの紐つけが難しかったとしても、環境システム全体としての妥当なリスクシナリオに基づいた物理リスクとして事業の収益性や継続性へのダメージを定量評価し、それを最小化する環境保全策と変化する環境への適応のための行動計画に結びつける方が、その影響自体を最小化する計画を考えるより、強い動機づけとなり、かつ、行動計画の視野がサプライチェーン全体に及ぶことによって広くなると考えられるでしょう。

金融機関にとってのネクサス

企業によるTNFDの開示が進展する過程で考えられる金融機関の次のステップは、科学的根拠に基づいたエンゲージメント、保全活動へのファイナンス実行とそのモニタリング、全社的なリスク管理に基づいた戦略的資本配賦と以前述べました。各ステップにおいて、気候ー自然ネクサスを意識した対応が不可欠だと考えます:

エンゲージメント
TNFDで想定されている依存と影響及びリスクと機会に基づいた対話には、TCFDの文脈での対話がおのずと含まれます。気候変動と生物多様性の相互作用を念頭においた影響とリスクの評価を行うことで、例えば自然資本を損なわない気候変動対策を支援するなど、投融資先へのエンゲージメントを高度化していくことが考えられます。また、影響からリスクへのフィードバックを意識した上での、視野の広い財務リスクに定量化を用いた対話が有効でしょう。

ファイナンス
リスクや影響の削減を目標とするプロジェクトへの投融資において、結果としての影響には気候と自然の相互作用が発生する可能性があり、特にインパクト投資やクレジットなど経済価値評価を伴う場合には、可能な限り包括的な分析を行う必要があります。また、クレジットの場合には一つのクレジットがカーボンと生物多様性の両方の価値を持つ可能性があることは今後の商品開発における機会だと考えられます。

リスク管理
戦略的な投融資先への資本配賦のために業種や地域などでの優先順位づけを行う過程で、気候変動の緩和と自然資本の保全回復が相反しないことに留意する必要があります。気候変動に関するリスクの定量化は、特定業種のリスクリターン評価に有用ですが、気候と自然の相互作用を考慮するには、自然資本全体への依存と影響を起点にした準定量的な分析が有効だと考えられます。例えば東南アジアの熱帯雨林のパーム生産に依存と影響がサプライチェーンに含まれる業種についてはGHG排出量増加も含めた物理リスクへのフィードバックを考慮して気候変動に関しても一定のリスクスコアを付加するなどの方法がありえます。

参考文献

  • Katie Kedward, Josh Ryan-Collins & Hugues Chenet (2023) Biodiversity loss and climate change interactions: financial stability implications for central banks and financial supervisors, Climate Policy, 23:6, 763-781, https://doi.org/10.1080/14693062.2022.2107475
  • Galaz, V., Crona, B., Dauriach, A., Scholtens, B., & Steffen, W. (2018). Finance and the earth system – exploring the links between financial actors and non-linear changes in the climate system. Global Environmental Change, 53, 296–302. https://doi.org/10.1016/j.gloenvcha.2018.09.008
  • Fabiana de Souza Batista, Confidence Duku, Lars Hein, Deforestation-induced changes in rainfall decrease soybean-maize yields in Brazil, Ecological Modelling, Volume 486, 2023, 110533, ISSN 0304-3800, https://doi.org/10.1016/j.ecolmodel.2023.110533.