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気候変動適応を自然史ビッグデータで検討する

日本の気候変動を地図化する

日本の生物多様性の持続的な保全・利用を考える場合、気候変動の影響を予測することが不可欠です。

下の地図に示した、日本の過去数十年(1980-2010年)の気候変動を見てください。地域的に気候温暖化が進行していることが明らかです。特に沖縄、九州、四国や本州の太平洋岸地域、本州中央部の山間部、北海道東部のオホーツク海沿岸地域の温暖化が顕著です。

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このような長期的時間スケールで進行する気候温暖化は、日本の生物多様性や生態系サービスを将来的に変化させるでしょう。したがって、生物多様性の保全計画(自然保護区ネットワークの空間デザイン)や生物資源の管理計画(農林水産業)も、温暖化に適応して対策する必要があります。

気候変動適応を考える場合、生物種(野生生物だけでなく作物や果樹などの資源生物)の分布が、温暖化にどのように応答するのかを予測することが重要です。

そこで、私たちの研究グループでは、日本産の維管束植物と脊椎動物の全種(約6000種)の温暖化に伴う分布域の変化を予測しました。元となったデータは、以下で地図化した種の分布地図です。

https://www.youtube.com/watch?v=OHJxjYpz_ns&t=25s

https://www.youtube.com/watch?v=NV-r-QHJUEE&t=8s

それぞれの生物種は気候的に適した場所に分布しています。寒冷気候に適応して高緯度や山岳地域に分布している種や、温暖気候に適応して低緯度地域に分布している種など様々で、地球上の気候の異質性が多様な生物種の空間的な棲み分けを促進しています。これは生物種の気候ニッチと呼ばれ、生物地理学やマクロ生態学において生物多様性パターンを説明する重要な概念です。

したがって、日本産の生物種の気候ニッチを網羅的に定量することで、温暖化が進行した場合の、種の分布域の変化、さらには生物多様性パターンががどのように変化するのかを推論することができます。

温暖化による生物多様性の変化予測

以下の地図は、日本産の植物、哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、淡水魚類の種数が、温暖化シナリオ(注1)でどのように変動するのかを予測した結果です(注2)。

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(注1)Community Climate System Model version 4 (CCSM4, Gent et al, 2010)におけるRCP(代表的濃度経路)シナリオが45のときの2061-2080年の気候予測データに基づく。なおCCSM4では、1971年~2000年の平均値と比べ、年平均気温が全国平均で3.1度上昇している。

(注2)この予測は、生物分布が温暖化に最大限適応する楽観的シナリオに基づいた予測。

温暖化に応答して日本の生物多様性(種数)パターンが、大きく変化することが明らかです。特に、高緯度地域(北海道や東北地方など)の生物種数が増加する点は、全ての生物分類群に共通しています。一方、低緯度の琉球諸島では分類群に一貫して、温暖化に伴って生物種数が減少します。なお、両生類は、本州、四国、九州、琉球諸島など全国的に種数が減衰します。

生物多様性は動くターゲット

このような温暖化応答予測の分析から、以下のことが示唆されます。

今現在、希少種が多く分布して保護区で保全されている地域でも、温暖化で種の分布が保護区の外に変化する可能性が高く、現状の保護区は保全効果を失うことになる。環境変動する状況では、生物種は「動く的(moving target)」なので、保護区も適応的にデザインされるべき。また、自然環境の野生生物と同様に、農作物や果樹や水産物も、気候温暖化で産地が変化する可能性があります。

資源生物の温暖化応答に関しては、今、分析を進めていますが、品種によっては、栽培(植え付け、種まき、受粉、収穫など)の季節計画も影響を受けるでしょう。

温暖化による生物多様性パターンの変化は、生物種の地域的な絶滅と分散適応(分布域の変化)に関係しています。今回紹介した分析結果は、生物種の将来分布が温暖化に完全に適応することを仮定した最も楽観的シナリオの予想です。

一方、生物分布が温暖化に十分に適応できない悲観的シナリオもあり得ます。例えば、現在分布している山岳(高山帯)や島から、別の場所に全く移動することができない場合、温暖化によって多くの種が絶滅することになります。特に、島や高山帯に局在する固有種は、分散が著しく制限されるでしょうから(逃げ場がないから)、温暖化によって絶滅する可能性が高いです。このような悲観的シナリオでの生物多様性パターンの温暖化応答は、現在分析中なので結果が出たら紹介したいと思います。温暖化に対応した種分布と種数パターンの応答は、現実的には、適応的に分散して分布パターンがシフトする楽観的シナリオと、分散制限で多くの種が絶滅する悲観的シナリオの中間にあるのでしょう。

※本記事のグラフは、環境省の環境研究総合推進費プロジェクト(環境変動に対する生物多様性と生態系サービスの応答を考慮した国土の適応的保全計画)の結果の一部です。

https://note.com/thinknature/n/naab800f2999a

https://thinknature.studio.design/