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気候ー自然ネクサスな再生可能エネルギーの空間計画

カーボンニュートラルとネイチャーポジティブの並行推進

私たちは、2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル」(脱炭素)を目指しています。同時に、2030年までに、生物多様性の消失を抑止し、そのトレンドを反転させて回復に向かわせる「ネイチャーポジティブ」、さらには2050年までに「自然と共生する社会」も目指しています。

脱炭素化を推進するため、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーは、必要不可欠です。一方で、陸や海の生態系には様々な機能があり、私たち人間社会は、陸や海の豊かさの恩恵に浴しています。

例えば、ある土地の植生、農地、林地は、多様な生物の生息場所として機能し、自然本来が持つ炭素の貯留機能、地下水の涵養機能、地すべり等の災害抑止など多面的な機能があり、それらは社会経済的な便益(生態系サービス)をもたらしています。多くの人々は、この便益を無償と思っていますが、それは陸や海の豊かさが健全に維持されればこそです。風力・太陽光・地熱発電施設を建設したら、野生生物の生息場所が喪失した、希少生物が事故死した、あるいは、地すべり災害が発生した、地下水の涵養機能が喪失したとなると、脱炭素対策が社会経済的損失になってしまいます。再生可能エネルギーで気候変動の緩和に貢献したとしても、発電施設の開発によって陸や海の本来の機能に有害な影響を与えてしまっては、全く評価されません。そもそも、地球温暖化対策のために脱炭素を推進する「気候変動枠組条約」と、自然環境保全を推進する「生物多様性枠組条約」は、1992年の地球サミット(環境と開発に関する国際連合会議)で提起されています。したがって、地球環境問題の対策である脱炭素化と生物多様性保全はお互いに並行推進されるべきで、両者がトレードオフになるのは本末転倒です。

「気候か?自然か?」ではなく「気候も自然も」なのです。これが、気候ー自然ネクサス(Climate-Nature Nexus)、すなわち、「気候と自然の統合アプローチ」の意味するところです。

再生可能エネルギー発電施設の適地を可視化

そこで、私たちシンクネイチャーは科学的エビデンスを基にして、気候と自然の統合アプローチによる、再生可能エネルギーの推進を提案します。

既存の風力発電施設の立地データを基にして、機械学習で今後の風力発電施設の開発適地を可視化したのが、以下の地図(再エネ施設のポテンシャルマップのようなもの)です。赤色や黄色エリアは、風力発電施設の適地を示しています。日本全土の様々な地域に、風力発電の開発適地があることがわかります。

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前述したように、風力発電施設の開発が、自然環境の保全や様々な生態系サービスの利用と対立したら問題です。そこで、風力発電の適地予測に、JーBMPで提供されている生物多様性の指標データや保全優先度ランクなどの保全指標も考慮して分析してみました。以下の地図は、優先的に保全すべきプライオリティエリアを示した地図で、これと風力発電施設の立地適性の重なりを見ることで、風力発電開発がもたらす生物多様性リスクを把握できます。

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再生可能エネルギー開発のネイチャーリスクを緩和する手法

以下の左の地図は、気候環境や地理条件(25個の説明変数)だけで、風力発電の適地を予測した結果です。熊本県を拡大表示しており、風力発電の適地(赤・黄色エリア)が、阿蘇外輪山周辺や天草の沿岸域に分布していることがわかります。一方、右の地図は、気候環境や地理条件に加えて、生物多様性の指標や社会経済的な指標も考慮して(95個の説明変数で)風力発電の適地を予測した結果です。

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左と右の地図を比較してわかることは、「風力発電の適地選択は、生物多様性や社会経済的な要因によって、ある程度、制限される」ということです。右の地図では、人口密度や道路密度が低く保護区も分布する阿蘇山周辺や、天草の海岸沿いの風力発電適地エリアが縮小していることがわかります。

実際、既存の風力発電施設は、海岸沿い、または、河川沿いや水田・草地の見通しのよい場所で、風が強く、希少な鳥類があまり分布せず、保護区のない地域に分布する傾向があります。つまり、左と右の地図に投影された風力発電の適地エリアの差分(適地エリアの縮小度合い)が、現状の環境アセスの実効性(一定程度は自然環境に配慮して空間的に調整されている)とみなすこともできます。現状の環境アセスの実効性が十分かどうかは、後述する分析結果を基に解説します。

このように再エネ施設の立地を幾つかの観点で可視化し、再エネ開発とネイチャーの様々な属性値の空間的な重複性を定量することで、再エネ開発によるネイチャーリスクを緩和しうる土地海域の空間計画を考案できます。

例えば、少し単純化すると、以下のような評価手法が可能です。

A)風況などの環境条件を基にした風力発電の潜在的適地(風力発電ポテンシャルエリア)の可視化。

B)風力発電のネガテイブエリア、例えば、生物多様性の保全優先度、景観価値の重要性、地すべり等のハザード分布、地下水の涵養機能情報などを基にして可視化。

以上のAの風力発電ポテンシャルエリアから、Bのネガテイブエリアを除いたのが、風力発電を促進するエリア(ポジテイブマップ)になります。

なお、Aの風力発電ポテンシャル、Bの風力発電ネガテイブエリアは、それぞれ連続的スコアで評価できるので、風力発電の促進エリアと回避(アボイド)エリアの中間に、調整エリアも設定できます。

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このような評価枠組みで、日本全土の既存の風力発電施設(400 ヶ所以上)の立地を評価した結果が、以下のグラフです。白丸が風力発電施設の立地を表しています。

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既存の風力発電の多くは、開発を回避すべきエリアに分布していることがわかります。実際、風力発電の多くは、貴重な砂丘・砂浜や風衝草原など、生物多様性の保全上重要なエリアに作られる場合も多いのです。この評価結果から、現状の環境アセスの実効性が十分でないことが、明らかです。

再エネ施設開発の適地選択における戦略的環境アセス

今回紹介したような分析は、太陽光発電や地熱発電の施設開発についても行うことができます。

1)再エネ施設の発電効率や送電に関わるコストなど経済的要因に基づいて開発適地を評価し、2)防災上のハザード、景観保全、地下水涵養、生物多様性の価値(希少種分布や保全重要度など)を考慮して、再エネ開発の促進・調整・回避エリアを可視化します。生物多様性ビッグデータと機械学習や人工知能を駆使した迅速な評価は、再エネ開発に関わる様々なネイチャーリスクに配慮する「気候と自然の統合アプローチ」を推進するために有望です

再エネ事業者にとっても、開発に伴って反対運動が起きたり、開発後になって自然環境問題が顕在化するのはリスクですし、地域住民との合意形成の失敗に伴うコストも発生します。したがって、再エネ施設の適地選択の段階で、このようなデータ分析を基にして「戦略的環境アセス」を行なうことが効果的です。また、事業者が主体的に戦略的環境アセスを行なうことを「見える化」すれば、そのような事業者は「ネイチャーに配慮してネクサスアプローチを推進している企業」というシグナリングを、市場に出せることにもなるでしょう。

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https://think-nature.jp/habitat-alert

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参考文献

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https://think-nature.jp/