世界自然遺産登録候補地 奄美・沖縄の森: 生物多様性保全を考慮した森林生態系管理
世界自然遺産登録に向けて
IUCN(国際自然保護連合)による現地視察が終わり、琉球諸島の奄美大島・徳之島・沖縄島北部(ヤンバル)・西表島の世界自然遺産の登録へ向けた活動が、大詰めを迎えています。
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1002992.html
私も世界自然遺産登録に関する科学委員会のメンバーで、奄美の国立公園指定関連の委員会から含めて、10年以上の関わりになります。環境省「背水の陣で臨んでいる」とのことなので、来年には世界自然遺産登録が成功することでしょう。
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1007485.html
しかし、世界自然遺産登録が実現したら、それで終わりではありません。世界自然遺産の生態系をどのように保全するのか、今後、考え続ける必要があります。
今回の記事では、琉球諸島の世界自然遺産候補地域(特に周辺地域)の森林生態系の管理について、解説します。
琉球諸島の森の特徴
琉球列島は、「生物多様性が高い地域で、人為的な影響で多くの生物が絶滅の危機に瀕している地域」、生物多様性ホットスポットの一つとして、国際的にも注目されています。
実際、琉球諸島の亜熱帯常緑広葉樹林は、固有種を含む多くの野生生物の生息場所で、同時に、その森林は、琉球王朝以来、古くから利用され、現在でも森林伐採(林業)が行われています。
森林伐採は、生物多様性の劣化に直接的に影響します。しかし、林業は地域社会の経済活動でもあります。
それでは、琉球諸島の生物多様性を適切に利用・保全する管理策は、どのような考えに基づくべきでしょうか。
本題の前に、まずは、この地域の森の特徴を説明します。
この地域の森の優占種はスダジイというブナ科の常緑広葉樹で、イジュというツバキ科の常緑広葉樹も多くみられます。森林を調査すると、1ヘクタール(100m x 100m)あたり約100種くらいの木本種が出現します。種多様性がとても豊かです。
このような亜熱帯林の多様性に密接に関係しているのが、台風です。
琉球列島には、瞬間最大風速60m/秒にも及ぶ大型台風が襲来します。この台風による森林破壊(攪乱)が、森林の多様性の維持に重要な役割を果たしてます。
台風による森林の破壊は、森の内部の光環境を変動させます。大きな樹木の林冠に覆われて薄暗かった林床が、台風攪乱で一転して、明るい環境に変化します。台風による森林の破壊の規模は、大規模なもの(数十本の大径木が根こそぎなぎ倒される攪乱)から小規模なもの(大径木の枝が折れる程度の攪乱)まで様々なので、結果として、森林内には多様な光環境がもたらされます。
また、台風攪乱の規模や頻度は、地形によっても異なります。琉球列島に高い山はありませんが、小さな尾根や谷が分布しているので、地形は複雑です。
尾根沿いの森林は風あたりが強く、谷沿いの森林はあまり風の影響を受けません。このような地形に関係した台風攪乱の違い、ひいては光環境の多様性が、生息環境の多様性(生態学的ニッチの多様性)をもたらし、様々な特性をもつ木本種の共存を可能にしています。
森林伐採が生物多様性に与える影響
このような亜熱帯林の多様性に、森林伐採はどのように影響するのでしょうか。
琉球列島では、特に戦前と戦後に大規模な森林伐採が行われ、現在でも一部の島では木材生産が継続しています。
琉球諸島の亜熱帯林は、台風の影響で森の高さ(林冠)が低く抑えられるため、10~20mくらいです。個々の樹木は比較的矮小なので、伐採の経費(コスト)に対して、面積あたりの木材収穫量を大きくする必要があります。結果的に、ある程度、大きな面積で森林を皆伐する施業が行われます。
このような皆伐施業は、自然保護の観点から問題視され、林業関係者と自然保護関係者の間で、「伐採か、保護か」といった二者択一の論争が続いてきました。この論争が、この記事の本題に関係します。琉球列島の生物多様性を適切に利用・保全する管理策は、どうすればいいのでしょうか。私の研究グループでは、20年以上に渡って、琉球諸島の森林を調査して、生物多様性保全を考慮した森林管理のあり方を科学的に検討してきました。
長期にわたって森林をモニタリングして、森林の変化を把握しようとしています。そして、樹木の個々の成長や死亡率などのデータを活用して、コンピュータ上で森林の動態をシミュレーション分析して、皆伐が亜熱帯林の構造や多様性に及ぼす効果を検証してます(以下の動画を参照)。
https://www.youtube.com/watch?v=EmdxID7hWAE
世界自然遺産候補地それぞれの島の森の動態を再現した分析結果が以下のグラフです。西表島、ヤンバル、奄美大島で、森林動態が若干異なるようですが、森林を皆伐すると、50年から100年ほどで森林の現存量や樹木密度が回復することがわかります。
実際にモニタリングをしている様々な森林をコンピュータ上で皆伐し、その後の各森林の回復過程を定量してみました。樹木の寿命は百年以上なので、実際に野外実験で森林伐採の影響を検証するのは困難です。なので、このような“コンピュータ上の実験”が有効です。
下のグラフの一つ一つの折れ線は、様々な森の再生の軌跡を示しています。ある森は現存量の再生に対応して種多様性も増加している。しかし、種多様性が速やかに回復しない森林もあります。
種多様性の回復が森の間で大きく異なる理由は、亜熱帯林の樹木の重要な特性である「萌芽能力」に原因があります。
ある種の樹木は、伐採された切株から萌芽枝を出して、クローン成長によって個体再生します。亜熱帯林の優占種のスダジイは、萌芽再生能がとても高い樹種の一つなのです。以下の写真は、萌芽しているスダジイの巨大な株です(与那覇岳)。
したがって、スダジイの優占度の高い森を皆伐すると、スダジイの萌芽幹が数多く再生し、伐採以前よりもその優占度が増加します。結果的に、皆伐後に再生した二次林はスダジイがより優占して、伐採前に比べて種多様性の低い森になるのです。
つまり、皆伐による林業活動が、スダジイの萌芽再生という種の機能を介して、伐採跡の森林の多様性を劣化させるのです。
実際、森による種多様性の回復パターンの違いは、伐採前の森林のスダジイの優占度と相関しています。また、シミュレーション分析によると、森林伐採はスダジイの優占を加速化することも証明されています。
一方、より長い時間をシミュレートすると、スダジイの優占は少しづつ低下して、それに伴って、様々な種が侵入して、種多様性が徐々に増加回復することもわか理ました。
これらの分析結果から、現在、観察されるスダジイの優占林が、過去の森林伐採の影響で形成されたことを示唆されます。一見すると、スダジイの優占する森が、亜熱帯林の本来の特徴と思えるのですが、過去の人為活動も、現在観察される森の構造に影響している可能性があるのです。また、これらの分析結果は、森林の樹木種多様性の保全という観点から、スダジイの多い森を伐採する場合には注意が必要であることも示しています。
経験論に基づいた森林管理を科学的に検証
森林管理の手法には、長年の経験論が反映されています。例えば、森の見栄えや生産性を高めるために、沖縄島北部(ヤンバル)の森では、「育成天然林施業」という管理が1970 年代から行われてきました。これは、皆伐後に自然再生した二次林や自然林で、下層除伐を行う森林管理です。
このような経験論に基づいた森林管理の科学的な妥当性も、上述したようなシミュレーション分析で検証できます。下図は、下層除伐によって森の成長量が向上するかどうかを、コンピュータ上で計算した結果です。
除伐した森林と除伐しない森林の間で、現存量の再生過程に差がないことがわかります。また、下のグラフに示したように、下層除伐によって種数が減少することもわかります。
経験的に有効な森林管理手法と信じられている施業法が、実は、林業的に意味がなく、生物多様性を劣化させる要因になることが、科学的分析結果から明らかです。
森林の利用と保全の調整
一般的に、自然環境の保護と林業のような一次産業は、競合すると思われがちです。実際、「森を保護すべきか、利用すべきか」といった論争は、それぞれの人の価値観に基づいた論争になり、平行線をたどることが多いです。
生物多様性の保全と森林伐採を両立する方法を、概念的に考えてみましょう。
下図は、ある森林施業を行った場合の、生物多様性の保全と木材生産の経済収益の関係を示しています。両者が強い負の相関の場合、利害関係者にとっては二者択一になります。林業を優先すれば「生物多様性の劣化は仕方がない」ということになる。一方、背反的な関係が弱ければ、生物多様性の保全と林業を両立できます。
実際のデータと森林動態モデルを用いて、様々な森林施業シナリオで、樹木種の多様性の回復率と木材収量の関係を検証してみました。ここで言う施業シナリオとは、皆伐する面積と皆伐の回帰年(伐採の間隔年数)の組み合わせで定義しました。例えば、小面積皆伐と長期の回帰年の組み合わせで、木材収量を控えめにするか、大面積皆伐と短期の回帰年の組み合わせで木材収量を盛大にあげるか、色々な施業シナリオが想定できます。
すると、理論的には、多様性の回復と木材収量の両者を最大化できる森林施業法(保全と林業を両立するベストな皆伐面積と回帰年の組み合わせ)がありそうなことが明らかになりました。以下グラフの赤丸で示した施業法。
生物多様性の保全を考慮した森林利用とは、生物多様性がもたらす多面的サービスの背反的な関係を緩和した森林利用の条件を探索することで実現します。
このような課題に取り組む際、生態学による基礎研究とそれに基づいた応用的な保全研究が役立つわけです。「森をどのように保全利用すべきか」といった論争に対して、科学的根拠を伴った選択肢を提示することができるのです。
今回の記事で紹介したような分析手法は、世界自然遺産登録後の周辺地域の森林生態系管理を検討する場合に、有効なアプローチになると考えています。
本記事の元になっている学術論文
Fujii S., Kubota Y. & Enoki T. (2009) Resilience of stand structure and tree species diversity in subtropical forest degraded by clear logging.
Journal of Forest Research 14: 373-387.
Fujii S., Kubota Y. & Enoki T. (2010) Long-term ecological impacts of clear-fell logging on tree species diversity in a subtropical forest, southern Japan. Journal of Forest Research 15: 289-298.
Fujii S. & Kubota Y. (2011) Understory thinning reduces wood-production efficiency and tree species diversity in subtropical forest in southern Japan. Journal of Forest Research 16: 253-259.
Maeshiro R., Kusumoto B., Fujii S., Shiono T. & Kubota Y. (2013) Using tree functional diversity to evaluate management impacts in a subtropical forest. Ecosphere 4: 1-17.
Kusumoto B., Baba A., Fujii S., Fukasawa H., Honda M., Miyagi Y., Nanki D., Osako T., Shinohara H., Shiono T. & Kubota Y. (2016) Dispersal process driving subtropical forest reassembly: evidence from functional and phylogenetic analysis. Ecological Research 31: 645-654.