

原材料コモディティをリスク要因とするポートフォリオの気候・自然関連リスク分析(ファイナンスシリーズ第9回)
執筆者: Tsuyoshi Hatao
機関投資家にとって、運用ポートフォリオのリスク管理は、リターンの不確実性を適切にコントロールするための極めて重要な活動です。リターンは複数の要因によって変動し、それらの要因の不確実性が組み合わさることで、ポートフォリオ全体のリスクが生まれます。これらをリスク要因と呼びます。
例えば、ポートフォリオに含まれる様々な株式、債券、通貨の価格変動は、典型的なリスク要因です。一般的に、ポートフォリオが特定のリスク要因に偏っている場合、全体のリスクは相対的に高まります。特定の銘柄への集中投資や、価格が連動しやすい銘柄群への集中投資などがその例です。そのため、リスク管理プロセスでは、突出したリスク要因を特定し、それに対する対策を企画・実行することが特に重視されます。
気候・自然関連リスク:サプライチェーンを通じた新たなリスク要因
近年、気候・自然関連リスクが金融リスクとして認識されるようになり、ポートフォリオのリスク管理における新たな視点として注目されています。気候・自然関連リスクへの対応をポートフォリオのリスク管理に統合する際、一つの有力なアプローチは、企業がサプライチェーンに沿って依存する原材料や自然資本をリスク要因として捉えることです。
これは、企業が依存する生態系サービスの変動、例えば、農産物の収穫量や水資源の安定性など、事業に必須な原材料の供給サービスの将来変動が、その企業の業績や株価、債券価格に影響を与えるという考え方です。そして、この供給サービスの変動は、気候変動や生態系の劣化といった経済全体の環境圧力と、それに伴う自然資本およびその他の生態系サービスの劣化トレンドによって引き起こされます。
突出した気候・自然関連リスクへの対策としては、大きく分けて2つの方向性が考えられます。一つは、リスクの高い投資を減らすこと。もう一つは、投資先企業の経営や環境への依存のあり方を変革させ、リスクそのものを低減させることです。さらに、気候・自然関連リスクの場合は、自然資本と生態系サービスの劣化を抑制し、供給サービスの変動を抑制する社会全体の取り組みも、リスク対策の一部となり得ます。
このような対策を企画・実行する際には、企業が特定のコモディティや自然資本にどの程度依存しているかを比較分析することが非常に有用です。同時に、その依存が自然資本に与える影響の大きさも考慮に入れるべきでしょう。
このアプローチは、多数のファンドに投資する年金基金の運用と似ています。例えば、グローバル債券ポートフォリオにおいて、各ファンドがどの国の債券にいくら投資しているかをモニターすることは非常に重要です。ロシアによるウクライナ侵攻の際、どのファンドがロシア関連投資を多く保有していたか、ポートフォリオ全体としてどの程度の規模のロシア投資があったのかを即座に把握する必要があったのと同様です。
リスクの洗い出し:「LEAP」アプローチの「LE」
気候・自然関連リスクにおけるリスクの洗い出しとは、より大きなリスク要因、つまり企業が強く依存している自然資本やコモディティ、およびそれらへの影響が大きい企業や産業を特定することです。このためには、リスクの大きさを比較できる尺度が必要です。
一般的に、資産のリスクの大きさは以下の要素の掛け合わせで評価されます。
- 投資金額
- 資産価格の変動幅(ボラティリティ)
さらに、資産価格が複数の要因で変動する場合もあります。例えば、日本円で米国株式に投資する場合、株式価格の変動幅と為替レートの変動幅の2つが資産価格の変動を決めます。この場合、掛け算は以下の3つの段階に分解できます。
- 投資金額
- 各リスク要因の変動に対応する資産価格の感応度(株式ベータなど、エクスポージャー)
- 各リスク要因自体の変動幅(ボラティリティ)
これら3つの要素の掛け算が正確にできる場合は、リスクの比較は比較的容易です。例えば、一般的に株式は債券よりも価格の変動幅が大きいため、バランス型投資信託では、リスクのバランスを取るために債券の投資金額を株式よりも多くします。これは、上記のリスク量の掛け算の結果を合わせることで実現されます。
しかし、気候・自然関連リスクに関しては、この掛け算を正確に行うのは容易ではありません。
例えば、ある製菓会社がガーナのカカオに強く依存している場合、2段階目の「ガーナのカカオ生産の減少や変動に対して株価がどのように反応するのか」を評価することは非常に困難です。また、リスクの洗い出しの観点からは、依存しているコモディティの中で、どれが企業の業績にとって最も重要なのかを比較できなければなりません。これを全ての依存コモディティ、企業、そしてその企業が発行する株式や債券について詳細に行うことは、現状では非常に困難です。
このように3つの要素の掛け算が直接できない場合でも、スクリーニング(フィルター)を行うことで、大まかなリスクの洗い出しが可能です。これは、TNFDが提唱するLEAPアプローチ(Locate, Evaluate, Assess, Prepare)の「L(Locate)」と「E(Evaluate)」の初期段階にも通じる考え方です。
以下の3つの要素それぞれについて、特に大きい投資先を特定し、フィルタリングを行うことで、初期的な洗い出しができます。
- 投資金額
- 企業の依存・影響の大きさ:企業や業種のコモディティへの依存または影響を地域性(脆弱性や劣化の状況など)も含めて把握し定量化します。
- コモディティのリスク評価:供給が不安定になりやすいもの、生産地が脆弱なものを特定します。
投資金額が大きくても、ハイリスクな自然資本への依存や影響が十分小さければ、その優先順位は下げても良いでしょう。逆に投資金額が小さい企業でも環境への影響が大きい場合には、環境システム全体の影響の観点からエンゲージメントの対象とするべきかもしれません。このようにフィルターされた業種や企業について、特に2段階目の「コモディティ生産の変動に対する業績や株価の感応度」をより詳細に分析していくことで、効率的にリスク要因を特定できます。
この「フィルターされた部分についてリスク分析を詳細化していく」というアプローチは、実は金融リスク分析でもよく用いられる手法です。顕著な例としては、金融危機の引き金となったCDO(不動産ローンの証券化商品)が挙げられます。他の一般の債券と統合したリスク管理はある程度可能でしたが、CDOの性質が大きく異なるため、トップダウンでのリスク比較ではリスクを過小評価される問題がありました。ここでCDOについて深掘りし、詳細なリスク分析を行って適切な運用制限を行えたかどうかで、金融危機時の業績に大きな差が生まれました。
対策の企画実行:「LEAP」アプローチの「AP」
リスクの洗い出しができたら、次の重要なステップは行動(対策の企画実行)です。これはTNFDのLEAPアプローチにおける「A(Assess)」と「P(Prepare)」に該当します。
気候・自然関連リスクが企業業績に与える影響を具体的に定量化するには、例えば、特定のコモディティに関する物理的リスク(例:異常気象による収穫量減)について、以下のステップを踏みます。
- 各コモディティの生産量の減少幅に関するシナリオを設定:この際、産地の地域性(例:すでに自然資本の劣化が進んでいるか、脆弱性の状態など)を考慮します。
- 各コモディティに関するエクスポージャーと業績の間の関連性をモデル化:企業がそのコモディティをどれだけ消費し、それが業績にどう影響するかを分析します。
- 生産量シナリオをモデルに適用し、業績の変動幅を測定:これにより、自然関連リスクが企業の財務に与える影響を定量的に把握できます。
このような具体的な業績変動の定量分析は、投資先企業との強力なエンゲージメントにつながります。定量的なデータは、個別企業が環境サービスへの依存の仕方を変革し、レジリエンスを高めるための具体的な動機づけとなるでしょう。
一方で、コモディティの生産量シナリオは、単に個別の企業の努力だけでなく、社会全体の企業活動が自然資本に与える圧力と影響の累積的な結果であることを無視できません。つまり、個別企業の財務リスク削減には、まずその企業の環境への接点(依存と影響)をコントロールすることが第一ではありますが、他の企業や産業による影響も同時に考慮する必要があります。例えば、熱帯雨林における農産物の問題は、そのコモディティの生産者だけでなく、林業や鉱工業のあり方も同時に解決しなければならない複合的な問題です。
理想的には、複数の企業への投資を行う大手の金融機関や年金基金が、これらの問題に対して積極的な調整役を担い、より広範な産業や地域レベルでの変革を促すことが求められます。
まとめ
気候・自然関連リスクは、ポートフォリオのリスク管理において無視できない新たな要因です。企業が依存する自然資本やコモディティの安定性に着目し、その変動が財務に与える影響を特定・評価することで、より強靭なポートフォリオ構築が可能になります。リスクの洗い出しから対策の実行まで、金融リスク管理で培われたアプローチを応用しつつ、気候・自然関連リスク特有の複雑性に対応していくことが、これからの金融機関に求められる重要な課題と言えるでしょう。