機関投資家と企業の対話の高度化に向けて
機関投資家と企業の対話の高度化に向けて
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機関投資家と企業の対話の高度化に向けて

9月19日のオフサイト・イベント(@東京大手町)「気候・自然に関する機関投資家と企業の対話の高度化」は無事終了いたしました。約100名の方にご参加いただき、最後まで熱のこもったイベントとなりました。
ご後援いただいた、PRIには心から感謝申し上げます。

シンポジウムのモチベーション

気候変動や生物多様性といった自然関連リスクは、投資の中長期的なリターンを悪化させる要因となり、機関投資家にとって重要な課題です。しかし、企業のバリューチェーン全体に及ぶリスクを、個社から提供される限定的な情報のみで包括的に把握するのは困難です。このため、投資家が気候・自然関連のリスクを客観的・定量的に理解し、企業との対話をより効果的に進めるには、科学的データやテクノロジーを活用した分析が不可欠であると考えられます。本シンポジウムは、この「科学的インテリジェンスに基づいた対話の高度化」について議論することを目的としています。

責任ある投資家の気候・自然リスク対応状況と課題

湯澤氏(PRI)は、責任投資が単なるリスク管理から、より具体的な成果(アウトカム)を求める方向へと移行している現状について解説しました。この流れの中で自然資本への関心が高まっていますが、多くの機関投資家ではまだポリシー策定の初期段階にあります。大きな課題は、自然資本の状態評価の複雑さや、気候変動・人権問題とのトレードオフがあるため、目標設定が難しい点です。この点において、本質的に目標設定は投資家による選択と決断の問題であるといいます。湯澤氏は、投資がESG課題に与える影響(インサイド・アウト)の視点から、投資家が投資先企業とのエンゲージメントを通じて自然資本へのインパクトを追求し、企業価値向上を目指すべきだと述べました。また、目標設定が曖昧なために「データの沼にはまる」ことを避ける必要があると指摘しました。

生物多様性・自然資本ビッグデータを駆使した投融資ポートフォリオのトップダウン評価

久保田氏(シンク・ネイチャー)は、自然資本の状態を精緻に把握することが、効果的なエンゲージメントに不可欠であると概説しました。学術的な研究の蓄積に加え、近年の衛星データなどのビッグデータと組み合わせることで、気象予報のように数理モデルに基づいて高解像度な個別種の分布をリアルタイムで把握することが可能です。また、産業連関表と農産地の地理データを用いて、サプライチェーン上のコモディティ産地を高解像度で特定できるため、例えば、日本の建設業が依存する土地や、その土地の生態系への影響を把握し、具体的な行動を提案できます。このような科学的情報と解決策の提案を通じて、建設的な対話が実現すると説明しました。

機関投資家ポートフォリオの自然関連リスクの定量評価

寺門氏(ニッセイアセットマネジメント)は、サステナビリティ課題の解決が企業価値向上と密接に関わっていることから、単に投資を引き上げるのではなく、対話を通じて問題を解決していく姿勢が重要だと述べました。しかし、多くの企業が自然資本関連リスクの把握が不十分であるため、対話の具体的な行動につながらないという課題を指摘しました。この課題を克服するため、シンク・ネイチャーと協働でポートフォリオの自然関連リスク分析を実施。特に生物多様性にとって重要な熱帯林に影響を与える農産物生産や鉱業に注目し、サプライチェーン上で依存している約80社を特定したといいます。今後は、この高解像度分析に基づき、具体的な対策の提案を含んだ「投資家ドライブ型対話」への移行を目指す方針です。

機関投資家と個別企業の自然に対する依存・影響:グローバルスケール高解像度で気候変動と生物多様性劣化に伴う事業リスクを可視化する

五十里氏(シンク・ネイチャー)は、農業生産による森林伐採の拡大と気候変動との相互作用を例に、自然資本への影響が企業価値にどのように波及するかを具体的に説明しました。気温上昇が農業生産の効率を悪化させ、森林伐採を加速する悪循環があるとし、高解像度の農地データや生物多様性の情報を重ね合わせることで、将来の農業生産性の変化を予測できると述べました。これにより、個別企業がその土地にどのように依存しているかを紐づけ、気温上昇や自然資本の劣化が業績に与える影響を把握し、具体的な対策の効果を予測することが可能になります。これらを用いて個別企業の業績の持続可能性な成長を投資家が後押しし、ひいては社会全体の持続可能性につながることを期待しています。

総合討論

総合討論では、単一指標への集約の功罪、投資家ドライブに対する企業の反応、海外投資家や国を巻き込んだ業界スタンダードの確立への戦略など、活発な議論がなされました。

まとめ

本シンポジウムは、投資家が個別企業の限定的な開示に頼るのではなく、気候や生物多様性に関する科学的データとテクノロジーを駆使することで、投資ポートフォリオ全体の自然関連リスクを俯瞰的・定量的に把握できる可能性を示しました。これにより、企業との対話における課題設定がより的確になり、具体的な対策の提案を含んだ「投資家ドライブ型対話」を通じて、エンゲージメントの実効性を高めることができます。この「科学的インテリジェンスに基づいた対話の高度化」は、責任投資の目標である「自然資本の課題解決を通じた企業価値の向上」を達成する上で不可欠であり、社会全体の持続可能性へとつながることが期待されます。