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ツキノワグマ遭遇リスクの可視化:ハザードマップを作成する

ツキノワグマ(Ursus thibetanus)は、東アジアや東南アジアからイラン南東部にかけて広く分布しています。ツキノワグマ個体群の分布は急速に縮小しており、国際的には絶滅危惧種(レッドリストのVulnerable (VU) 種)に指定されてます。

以下の地図はツキノワグマの世界分布図で、絶滅(extinct)した地域が赤色で示されています(https://www.iucnredlist.org/species/22824/114252336)。

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ニホンツキノワグマ(Ursus thibetanus japonicus)は日本産の亜種で、日本列島の本州の東北から中国地方や四国にかけて分布しています。九州にも、かつては分布していましたが、既に地域絶滅したと考えられています。そのため、日本でも地域(または地方自治体)によって、ツキノワグマは絶滅のおそれのある地域個体群としてレッドデータブックにリストされています。

日本の生物多様性地図化プロジェクト(J-BMP)のサイトでクマ(ヒグマ・ツキノワグマ )の生息適地を閲覧できます。以下地図の赤色部分が、日本のツキノワグマの生息適地です。

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日本のツキノワグマが生息する地域では、クマに関係した人身事故が多発しています。ツキノワグマに関する人身被害事故は年平均80件にのぼります。

https://www.env.go.jp/nature/choju/effort/effort12/effort12.html

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クマの出没や遭遇に関係した、有害捕獲や特定計画によるツキノワグマの年平均捕殺数は2300頭以上にのぼります。

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クマとの偶発的な遭遇を回避する対策は、ツキノワグマ個体群の保全・管理を考える上で重要です。

そこでクマの分布と、様々な環境条件のデータを元にして、クマと遭遇するリスクを予測してみました。

分析方法は後回しにして、最初に結論を示します。

宮城県を例にして、ツキノワグマの遭遇リスク予測を地図化したハザードマップです。

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クマ遭遇率の高い地域は、赤・黄色で示されています。また、赤丸で示したポイントは、実際にクマ遭遇が発生した場所です。クマ遭遇リスクの予測と、実際の遭遇の発生地点をうまく予測できていることがわかります。

なお、宮城県の生物分布に関する情報は以下記事を参照して下さい。

https://note.com/thinknature/n/n9258349fdda4

多くの自治体で、クマについて注意喚起するポスターなどを作成しています。

データと科学的分析に基づいたクマ遭遇ハザードマップを元にして、市民に注意喚起を促せば、クマとの遭遇回避の実効性をあげて、人身被害の事故を減らせるかもしれません

さて、以上のようなクマ遭遇リスクは、どのようにして予測できるのでしょうか?

予測分析に用いたのは、以下のデータです。

高精度の環境(気候・地形などの)データ
社会経済(人口分布や住宅分布などの)データ
クマの分布データ
クマの生息適地の適性度
クマの出没データ
クマの人身事故データ
クマの有害捕獲データ

クマに遭遇するリスクを考えるとき、クマの生息適地の適性度が基本的な情報になります。

宮城県のツキノワグマの生息適地適性度(habitat suitability)は、以下のようになります。黄色っぽいエリアほど、ツキノワグマの生息に適した場所です。

クマ4

クマの生息適地適性度が高ければ、人が偶然に遭遇する可能性は高くなります。さらに、クマと遭遇する頻度(事故件数)は、人の多さ(人口密度)に比例します。宮城県の人口分布は以下のようになります。

クマ3

かりに、クマが人里や市街地(以上の人口分布図の黄緑・黄色の地域)に侵入したら、当然ながら、数多くの人がクマと遭遇することになり、事故件数は大きくなるでしょう。

したがって、クマ遭遇リスクは、クマの生息適地適性度と人口密度の2軸で予測できます。以下の地図は、クマの生息適地適性度と人口密度の組み合わせで、クマ遭遇確率を可視化した結果です。

クマ1

このクマ遭遇リスク地図から、クマの生息適地適性度が高くて人口密度も高いところ、すなわち、クマ分布と人里の境界地域が危険地域で、クマと遭遇する頻度が大きくなることがわかります。一方、クマの生息適地適性度が高くても、人口密度は低い場所、例えば奥山はクマに遭遇する頻度は小さいかもしれないが、遭遇リスクは高くて潜在的に危険なことがわかります。

以上の地図の丸印は、実際のクマ遭遇の累積数を示しています。クマの生息適地適性度と人口密度が高い箇所で、実際の遭遇数も多くなっている(丸印が大きくなっている)ことがわかります。

さらに、以上のようなクマ遭遇確率を空間モデリングして、クマ遭遇リスクを1kmメッシュ単位で予測することができます。

クマの生息適地適性度、人口密度、道路からの距離、地形などを説明変数にして、人口1人あたりのクマ遭遇リスクを予測した結果が、最初に紹介したツキノワグマ遭遇リスクの地図になります(以下再掲)。

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このモデルで予測されたクマ遭遇リスクは、実際のクマ遭遇(地図中の赤丸)をとてもよく説明しました。

クマ遭遇による被害事故を避けるためには、科学的分析に基づいた予測と地域的な対策が不可欠です「・・・の時期に、・・・の地域や場所は、クマが出没するリスクが・・・%あるから、そこでクマと遭遇する行動を避けましょう」といった実効性のある普及活動が可能かもしれません。

追記:この記事では宮城県を事例にした分析結果を紹介しました。日本全国スケールのクマ遭遇ハザードマップは、以下の記事をご覧ください。

https://note.com/thinknature/n/n6d88a8d97999

https://note.com/thinknature/n/naab800f2999a

https://thinknature-japan.com/