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岐阜県の生物多様性:地域戦略・保全利用を考える

河川の氾濫と流路の変更に関係した地形形成、氷河期など古気候変動、御嶽山、白山などの火山噴火、これらダイナミックな環境変動の歴史が、岐阜の生物多様性を特徴づけています。

はじめに

2020年10月中国・昆明で、生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)が開催されます。COP15では、2010年COP10の戦略目標(愛知ターゲット)に引続く新たな目標(ポスト2020)が採択されます。

自然環境の保全に関わる政策を適切に推進するには、科学的エビデンスに基づいた地域レベルのアクションプランが重要です。また、生物多様性を自然資本として利用する場合にも、科学的枠組みで持続的利用を保証することが必要です。このような意図から、日本の地方自治体(47都道府県)の生物多様性の特徴を可視化して、保全利用に関わる科学情報を普及させていくことにしました。

https://note.com/thinknature/n/nb91938331fcf

生物多様性の保全や利用を考える場合、どのような生き物が、どこに分布しているのかを把握することが、第一ステップになります。地域の住民の皆さんも、自分たちの周辺に、どのような生き物が暮らしているのかを知ることができれば、生物多様性への親しみや、理解も深まるでしょう。

この記事では、岐阜県の生物多様性の保全利用計画に関する分析結果をお知らせしていきます。新たな分析結果が出力でき次第、随時その内容も加えて、この記事自体を更新していくつもりです。また、この解説は、日本の生物多様性地図化ウエブサイト(保全カードシステム)と連動させて情報提供しています。生物多様性の様々な地図情報(レイヤー)を、チャンネルを切り替えて閲覧できますので、以下サイトをご覧ください

https://biodiversity-map.thinknature-japan.com/

https://note.com/thinknature/n/n1a6b73a5710a

岐阜県の生物多様性を特徴づける環境条件

岐阜県は、地形形成や古気候変動に加えて火山噴火も活発だった地域です。このようなダイナミックな環境変動の歴史が、岐阜の生物多様性を特徴づけています。

例えば、河川の氾濫と流路の変更、白山や飛騨山脈などの火山活動や造山運動は、生物多様性の空間パターンに大きな影響を与えています。

氷河期の岐阜北部は、大陸的な気候で極度に寒冷・乾燥して気候が大きく変動し、さらに、御嶽山、白山などの火山噴火による攪乱の影響が、現在の岐阜の生物多様性に反映されています。

それでは、岐阜県の生物多様性(植物・動物の種数)の地図を見てみましょう。

生物多様性の可視化:種数地図

生物種の分布予測を元にして、種数を1kmスケールのメッシュごとに数え上げて、地図化した結果を以下に紹介します。赤色のメッシュは種数が多い地域です

岐阜県の山地と木曽川下流は、日本の中でも植物多様性がとても豊かな地域です。特に、岐阜県の河川沿いは多様な環境を含み、植物の種数が豊かです。加茂地域も河川沿いで植物種数が豊かです。

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下の地図は、潜在的な植物種数(右図)と土地利用による生育環境の改変を考慮した実際の植物種数(左図)を比較したものです。人為影響で植物種多様性の空間パターンが変化していることがわかります。

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土地利用の変化が日本の生物多様性に与えた影響については以下の記事をご覧ください。分析方法と日本全体の傾向がわかります。

https://note.com/thinknature/n/n13c6efe5ecc6

https://note.com/thinknature/n/n80c933e68777

哺乳類の種数をみると、岐阜県の山地域が、多様性の豊かな地域であることがわかります。加茂地域でも特に白川町西部で哺乳類の種数が豊かです。

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潜在的な哺乳類種数(下右図)と土地利用を考慮した実際の種数(下左図)を見ると、生息環境の改変で哺乳類の種多様性パターンが変化していることがわかります。哺乳類の分布が全体的に縮小して(分布種の少ない青色地域が増えて)、種数の豊かな地域がパッチ状になっています。

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鳥類の種数をみると、岐阜県の平野部が種多様性が豊かです。加茂地域も飛騨川や木曽川下流部で鳥類の種数が豊かです。

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潜在的な鳥類種数(下右図)と土地利用を考慮した実際の鳥類種数(左図)を見ると、生息環境の改変で鳥類の種多様性パターンが変化しています。

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爬虫類の場合、岐阜県南部が種数の豊かな地域です。加茂地域も八百津町南部が爬虫類多様性の高い地域に含まれています。

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潜在的な爬虫類種数(下右図)と土地利用による生育環境の変化を考慮した実際の種数(下左図)を見ると、爬虫類の分布が全体的に縮小して(分布種の少ない青色地域が増えて)いることがわかります。

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両生類の場合、岐阜県西部の種多様性が豊かです。加茂地域も、河川沿いで両生類の種数が豊かです。

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潜在的な両生類種数(下右図)と、土地利用による生育環境の変化を考慮した実際の種数(下左図)を見ると、両生類の分布が縮小している(分布種の少ない青色地域が増えている)地域があります。

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淡水魚類の種数地図をみると、岐阜県の平野部の水系が種多様性の豊かな地域です。加茂地域も木曽川の淡水魚種数がとても豊かです。

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下図は、潜在的な淡水魚種数と、土地利用による生育環境の変化を考慮した実際の種数(下左図)です。

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岐阜県の生物多様性の保全重要地域

生物多様性の保全重要地域はどこですか?と聞かれたら、多くの人は「生物の種類数が豊かな地域」と答えるかもしれません。その解答は、ある意味正しいのですが、他にもいろいろと考えるべき要素があります。

生き物のレア度:希少性

例えば、生物の種数は少なくても、他の場所には存在しない、そこだけに分布する生き物(固有な生物種)がいたら、そこは、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所と言えます。

つまり、保全重要地域を特定する場合、生物の分布情報を基にして、希少な生き物が、どれくらい分布しているのかを定量する必要があります。

保全政策上の重要生物:絶滅危惧種

また、生き物の種類によっては、絶滅が危惧されている種もいます。そのような生物はレッドリスト種に指定されて、重点的な保全施策が図られています。したがって、絶滅危惧種が分布しているかどうかも、かけがえのない場所を特定する上で考慮する必要があります。岐阜県では、絶滅のおそれがある野生動植物の保護対策の基礎資料として2001年にレッドデータブックを取りまとめて、その後も、レッドリスト種を選定して改訂を行っています。

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岐阜の美濃加茂市と加茂郡は共同で自然環境調査を行っていて、地域レベルでも希少種の現況などを調査しています。この活動の成果は、以下の図書にまとめられています。

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生物の機能:人間社会にとっての生物の価値(生態系サービス)

さらに、生き物は様々な機能を持っていて、私たちは生物を資源として利用し、生物多様性や生態系サービスの恩恵に浴しています。したがって、それぞれの生き物が持っている価値も、かけがえのない場所を特定する上で重要な情報になります。

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ただし、ここでもう一つ問題があります。それは私たち人間社会の都合です。

地域社会の経済活動

例えば、市街地や農地のように経済活動が活発な土地区画は、岐阜県の地域社会の持続的発展のために重要なエリアです。つまり、私たち人間にとって重要な土地区画を維持しつつ、生物多様性を保全して、両者のバランスをうまく調整する必要があります。

そこで、岐阜県内の1km x 1km土地区画メッシュ全ての、人口・道路密度・市街地・農地など社会経済に関するデータも整備します。これによって、地域社会の経済活動が活発なエリア(特に人口密度の高い土地区画)を考慮して、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所はどこか?を探索することができます。

具体的には、岐阜県を1km x 1kmの土地区画メッシュに分割して、それぞれのメッシュに、どれくらいレアな生き物がいるのか、どれくらい絶滅危惧種がいるのか、どれくらい価値ある生物がいるのかを定量して、場合によっては、利害関係者の要望を元に、例えば地域社会の経済活動が活発なエリア(特に人口密度の高い土地区画)を考慮しつつ、生物多様性を保全・利用する上で、どのメッシュがどれくらい重要なのかを順位付けします。

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これは、生物多様性の空間的保全優先地域の順位付け分析と呼ばれます。

https://note.com/thinknature/n/n9559454d59b2

維管束植物(木本・草本・シダ植物)と脊椎動物(哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類)を統合して、生き物の種ごとの希少性・レッドリストランク・有用性などを考慮して、岐阜県の生物多様性保全の重要地域を順位づけした結果が以下の地図です。

注)土地区画の社会経済的価値も組み込んだ分析結果は今後公開予定です。

岐阜県の中でも特に南部と北部が生物多様性保全の重要地域です。

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以上は植物と脊椎動物の地図情報を統合して、全生物分類群を包括して保全優先地域をスコアリングした結果でした。

次に、生物分類群ごとに保全重要地域を分析してみました。

植物多様性の保全重要地域は、岐阜県の南部(加茂地域を含む地域)と北部の高山帯です。なお植物の保全重要地域は、草本の種数が多く希少種も多いため、草本種の多い河川沿いや高山が重要地域になります。一方、木本種だけでみると保全重要重要は森林地帯になります。

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哺乳類の保全上重要地域は岐阜県北部です。南部の加茂地域にも部分的に重要地域が分布しています。

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鳥類の重要保全地域は、岐阜県南部の平野部です。

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爬虫類の最重要保全地域は、岐阜県南部の平野部です。

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両生類の重要保全地域は、岐阜県南部(加茂地域など)です。

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淡水魚類の重要保全地域は、岐阜県南部の平野部です。加茂地域はほとんどの地域が重要地域に含まれています。

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岐阜県の生物多様性の保全利用指針のポイント

岐阜県の生物多様性は全国的にも豊かで、希少種が多く分布しているので、保全重要度は高いです。北部の2000m-3000m級の高山が多く分布する飛騨地方と、南部の木曽三川を含む平野部の美濃地方など、多様な自然環境が広がっています。そのため岐阜県の生物多様性は、空間的に特徴的な多様性パターンを示しています。また、加茂地域は多様な環境の中間に位置し、地域内での多様性や種分布は変異に富んでいます。さらに、岐阜の生物多様性の保全重要スコアをみると、全国レベルの保全重要度スコアとの相関が高いです。これは、岐阜県や県内市町村の地域戦略が、国家レベルの保全戦略に直接的に貢献することを意味しています。特に、岐阜県の場合、里山地域の保全重要性の高さが顕著です。種多様性が高く保全上重要な里山の管理計画が、岐阜県の生物多様性保全に直結するでしょう。

岐阜県レッドデータブック(RDB)事業の検証

生物分布データを用いて、岐阜県RDBにリストされている種の希少性を分析しました。分析の意図と手法については以下の記事を参照してください。

https://note.com/thinknature/n/n4d292ef5192c

生物分類群ごとにRDBにリストされている種の分布メッシュ数(面積)を定量しました。分布面積の小ささが希少性の度合いになります。

以下の維管束植物を見ると、RDBランクが高いほど(横軸の左、絶滅危惧ⅠA類CR、絶滅危惧ⅠB類 EN、絶滅危惧Ⅱ類 VU、準絶滅危惧 NT)、縦軸の該当種の分布メッシュ数が少ない傾向があります。ただし、現RDBに含まれていない「指定なし」にも(横軸の右端のランク)や分布面積の小さいな希少種が数多く含まれていることがわかります。

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図中のRDBランクの略称は、情報不足(DD)、絶滅危惧ⅠA類(CR)、絶滅危惧ⅠB類(EN)、絶滅危惧Ⅱ類(VU)、準絶滅危惧(NT)。

脊椎動物(哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類)も、絶滅危惧が比較的低いと見なされているランクの種にも希少性が高いものがあり、「指定なし」にも分布面積の小さな希少種が含まれていました。

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図中のRDBランクの略称は、情報不足(DD)、絶滅危惧ⅠA類(CR)、絶滅危惧ⅠB類(EN)、絶滅危惧Ⅱ類(VU)、準絶滅危惧(NT)。

本記事の分析結果の関連論文など

環境省 環境研究総合推進費プロジェクト 環境変動に対する生物多様性と生態系サービスの応答を考慮した国土の適応的保全計画(4-1802)(代表:久保田康裕)

久保田 康裕, 楠本 聞太郎, 藤沼 潤一, 塩野 貴之, 鈴木 亮, 福島 新, 小澤 宏之, 宮良 工. 2019. 生物多様性地域戦略を空間的保全優先度分析で具現化する: 沖縄県の生物多様性保全利用指針OKINAWA 作成の事例. 日本生態学会誌 69: 239-250.

久保田 康裕, 楠本 聞太郎, 藤沼 潤一, 塩野 貴之 生物多様性の保全科学:システム化保全計画の概念と手法の概要. 日本生態学会誌 67: 267-286.

Lehtomäki J., Kusumoto B., Shiono T., Tanaka T., Kubota Y., Moilanen A. (2018) Spatial conservation prioritization for the East Asian islands: A balanced representation of multitaxon biogeography in a protected area network. Diversity and Distributions 25: 414-429.

Kusumoto B., Shiono T., Konoshima M., Yoshimoto A., Tanaka T., Kubota Y. (2017) How well are biodiversity drivers reflected in protected areas? A representativeness assessment of the geohistorical gradients that shaped endemic flora in Japan. Ecological Research 32: 299-311.

Kubota Y., Shiono T., Kusumoto B. (2015) Role of climate and geohistorical factors in driving plant richness patterns and endemicity on the east Asian continental islands. Ecography 38: 639-648.

Kubota Y., Kusumoto B., Shiono T., Tanaka T (2017) Phylogenetic properties of Tertiary relict flora in the East Asian continental islands: imprint of climatic niche conservatism and in situ diversification. Ecography 40: 436-447.

https://note.com/thinknature/n/naab800f2999a

https://thinknature-japan.com/