

計画や制度と現場をつなぐ仕組みを設計する──笠原の挑戦
科学と多様な人材の力で、自然と経済をつなぐ挑戦—シンク・ネイチャー
地球規模の環境問題が深刻化するなか、私たちは今、自然環境と経済活動の両立という難題に直面しています。従来の経済活動はしばしば自然資源を消耗させ、生物多様性を脅かすことがありました。しかし、持続可能な社会を築くには、自然と調和した経済活動への転換が不可欠です。
シンク・ネイチャーは、このような課題に取り組むために設立された会社です。最先端の科学的分析を駆使し、生物多様性を守りながらも経済活動を活性化させるソリューションを生み出すことを使命としています。その最大の特徴は、多種多様なバックグラウンドを持つ専門家が集結していることです。生物多様性など自然科学の研究者、コンサルタント、データサイエンティスト、経営管理のプロ、エンジニアなど、さまざまな分野から集まったメンバーがそれぞれの専門性を活かし、力を合わせて問題解決に挑んでいます。
本シリーズでは、シンク・ネイチャーの個性豊かなメンバーのストーリーを通じて、そのユニークな取り組みと魅力に迫ります。
計画や制度と現場をつなぐ仕組みを設計する──笠原さんの挑戦
「より現場に近いところで生物多様性を社会に組み込めるかもしれない。これまで積み重ねてきた経験が、ようやく今、ひとつにつながってきた感じがしているんです」。そう語るのは、2024年にシンク・ネイチャーに参画した笠原さん。環境分野の技術士として17年にわたり、自然公園や里山、環境アセスメント、環境系の計画検討などに携わってきた彼は、現在、ビッグデータ開発部の一員として、“調査の成果が社会の意思決定に活用されるための仕組み”を構造的に設計している。

水田の畦から始まったキャリア
キャリアの原点は、水田の畦や水路にいたカエルや魚、虫たちだった。宇都宮大学農学部で農業土木を学び、修士課程では「水田のまわりにいる生きものと、どう共に生きていけるか」をテーマに研究した。
「水路の構造や田んぼの水管理のタイミングひとつでも、どんな生きものが住めるかが変わる。人の手と自然のバランスのあり方に面白さを感じていました」

その後、環境コンサルタント会社に就職。全国の自然公園や世界自然遺産に関する計画、里山再生、環境アセスメントなど幅広いプロジェクトに関わり、計画策定・制度検討から現地調査、住民との対話までを経験してきた。
「行政の依頼を受けて調査や計画策定を行う。それはとても大切でやりがいのある仕事でしたが、現場レベルで生きものを保全することとは少し距離を感じていました。そのズレをどう埋められるかが、ずっと自分の中の問いでした」
“見える化”の先を考える場所へ
そんな折に出会ったのが、シンク・ネイチャー。空間情報を使った“可視化”の経験があったので、同社が取り組んでいるテーマには以前から関心があったという。たまたま転職サイトで声がかかったことがきっかけで話を聞き、「制度や計画と現場の“あいだ”を埋める仕事ができるかもしれない」と直感した。
「調査をして終わりじゃなく、次のアクションにつなげていく構想がある。それをいろんな専門のメンバーと一緒に形にしていけるのが面白いと感じました」
現在は、ビッグデータ開発部に所属し、生き物やそれに関係する情報の整備や、ニーズに応じた分析と成果のとりまとめなどに従事。調査結果を「伝わる・使える」形に整えること、実施内容と成果物の粒度の調整など、実務と構造設計の両面でチームを支えている。
「これまでの業務経験で得た調査設計や資料づくりの感覚が、今のプロジェクトでも活きていると感じています。過去にやってきたことが、今の仕事の土台になっていると思えるのが嬉しいですね」

決めすぎない、余白のある設計
今、大切にしているのは「決めすぎない設計思想」だという。
「自然って、必ず予想外のことが起きます。最初から全てを固定してしまうと、むしろうまく回らないことが多い。制度や計画にも、変化を許容する“余白”が必要だと思っています」
プロジェクトの進め方においても、“完璧な正解”を求めず、まずやってみて、戻して、直して、進める。その繰り返しをチームで共有しながら進めていくことを心がけている。
「若い頃は“しっかりやらなきゃ”という思いが強かったんですが、今は“誰かと一緒につくっていく”ほうがいい成果になると感じています」
社会に“生きものの目線”を挟み込む
笠原さんがシンク・ネイチャーで挑戦したいのは、「社会の仕組みの中に、生きものの目線を挟み込む」ことだ。
「たとえば、何らかの開発をするときに、“この場所にはどんな生きものがいるか?生きものにとってどう影響するのか?生きもののすみかを確保できないか?”という問いが、最初の段階で自然と出てくるようにしたい。そのための情報と仕組みを整えたいんです」

調査をして終わり、報告書を書いて終わりではなく、生きものの視点を計画や制度の中に織り込み、それによって生きものたちも生きていける環境を守れるようにする——。その未来を見据えて、「伝わる形」「使える粒度」にまでこだわって情報を整えるのが、彼のスタイルだ。
一緒に働きたいのは、“自分の言葉”を大事にする人
最後に、「どんな人と一緒に働きたいですか?」と聞くと、こんな答えが返ってきた。
「専門用語をたくさん知っていることも大事ですが、それより“自分の言葉で話そうとする人”がいいなと思っています。難しい話をするときほど、相手に伝える姿勢が大事なので」
少し笑って、こう続ける。
「あと、雑談ができる人。議論ももちろん大事だけど、ちょっとした会話の中にヒントが隠れていたり、気持ちのすり合わせができたりすることって多いと思うんです。そういう時間も含めて、一緒にものごとをつくっていける人と働きたいですね」

制度と現場、データと人、調査と社会。その間を静かに、でも確かにつないでいく彼のまなざしが、シンク・ネイチャーという組織に深さを与えている。