森林からドイツ、そしてセールスへ──異色のキャリアを歩む日沖の挑戦
森林からドイツ、そしてセールスへ──異色のキャリアを歩む日沖の挑戦
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森林からドイツ、そしてセールスへ──異色のキャリアを歩む日沖の挑戦

科学と多様な人材の力で、自然と経済をつなぐ挑戦—シンク・ネイチャー

地球規模の環境問題が深刻化するなか、私たちは今、自然環境と経済活動の両立という難題に直面しています。従来の経済活動はしばしば自然資源を消耗させ、生物多様性を脅かすことがありました。しかし、持続可能な社会を築くには、自然と調和した経済活動への転換が不可欠です。

シンク・ネイチャーは、このような課題に取り組むために設立された会社です。最先端の科学的分析を駆使し、生物多様性を守りながらも経済活動を活性化させるソリューションを生み出すことを使命としています。その最大の特徴は、多種多様なバックグラウンドを持つ専門家が集結していることです。生物多様性など自然科学の研究者、コンサルタント、データサイエンティスト、経営管理のプロ、エンジニアなど、さまざまな分野から集まったメンバーがそれぞれの専門性を活かし、力を合わせて問題解決に挑んでいます。

本シリーズでは、シンク・ネイチャーの個性豊かなメンバーのストーリーを通じて、そのユニークな取り組みと魅力に迫ります。

森林からドイツ、そしてセールスへ──異色のキャリアを歩む日沖さんの挑戦

「本当に自分が生物多様性の会社に入るとは思っていませんでした」。そう語るのは、シンク・ネイチャーでソリューション営業を担当する日沖さん。空間情報を使った林業支援や、GISを駆使し、海外協力隊としてアフリカで森林管理に携わった彼女が、なぜいま“ネイチャーテック・スタートアップ”で、しかも営業という立場で働いているのか。その歩みには、自然との向き合い方を揺さぶられるような出会いと選択の連続があった。

「森林」から始まったキャリア

長野県出身の彼女は、高校時代に環境問題への関心を持ち、信州大学農学部森林科学科に進学。森林の働きや管理に関する専門知識を学びながら、林業や森林資源をめぐる現場に触れる中で、その面白さにどんどん惹かれていったという。

大学卒業後は、航空測量会社で空間情報の技師として勤務。GISやリモートセンシングを使って、国内外の森林地図作成や空間情報の利活用を実践していく。その後、青年海外協力隊としてアフリカ・マラウイに渡り、現地で森林管理の支援などの持続可能な取り組みにも携わった。「技術的な限界も多く、自分の専門性が通じない場面もありましたが、逆にそれが大きな学びになりました」。

帰国後は再び同じ会社に復職し、森林経営管理制度や林地台帳システムの保守に従事。そして、さらなる学びを求めてドイツのフライブルク大学大学院に進学し、森林科学を専門に深めていった。多国籍な研究環境の中で、国際的な森林政策や森林管理のあり方、生態系と社会の関係についての理解を広げていった。

シンク・ネイチャーとの出会いと“営業”への転身

「当時はまさか営業職に就くとは思っていませんでした」。そんな日沖さんがシンク・ネイチャーを知ったのは、ドイツ留学中のスタートアップ支援プログラムだった。日本で行われたアクセラレーション・プログラムにオンラインで参加し、日本のスタートアップ関係者とのつながりを得た中で、久保田先生(現・シンク・ネイチャーCEO)の話を聞いたという。

当初は採用情報も出ておらず、自分が対象ではないと感じていた。しかし、転職サイトで声がかかり、「これは運命かも」と感じた彼女は応募を決意。営業職としての採用には不安もあったが、「将来的に起業したいと考えていたこともあり、営業のスキルを身につけるのも悪くないと思いました」と語る。

不安と葛藤、でも確かに“今”を楽しんでいる

営業という未知の領域でのスタートには、当然ながらギャップも大きかった。「自分が話す内容に納得できていないとお客様にきちんと説明できない。そのためは自分自身で自社のサービスの仕組みを深く理解する必要があるので、それがすごく大変でした」。

だが、そんな中でも徐々に手応えを感じるようになっていく。お客様からの問い合わせを受けて調整を行い、チームと連携しながら最適な提案を形にしていく。「まだまだ苦労していますが、自分なりに役割を見つけられてきたと思っています」。

また、ワークライフバランスの改善もシンク・ネイチャーでの大きな変化のひとつだ。「残業も減って、家族や自分の時間を大事にできるようになった。心に余裕が生まれたのは大きいです」。

「本当にこのままでいいの?」という問いを持ち続けたい

生物多様性との向き合い方について尋ねると、日沖さんはこう語る。

「入社する前は森林を専門としてきたこともあり、“森林をどう整備・活用するか”という、ある程度構造が見えるテーマに取り組んできました。なので、“生物多様性”のように、構造が複雑で、はっきりと定義できない世界には正直距離がありました。でも今は、その見えにくさや複雑さこそが自然の面白さであり、向き合う価値があるのだと感じています」

そう考えるようになった背景には、生物多様性が“場所ごとにまったく異なる”という事実に向き合った経験があるという。

「同じ“森林”という分類でも、場所が違えばそこにいる生きものも、営まれている関係性もまったく違う。それは“こうすればうまくいく”という定型がない世界で、壊れてしまったらもう二度と同じには戻らないかもしれない。そんな感覚を持つようになりました」。

そして今、彼女が持ち続けているのは、「人間の視点だけでこのまま突き進んでいいのか?」という問いだ。「自然のことって、私たちが理解しているのは本当にごく一部に過ぎません。だからこそ、分からないものを“分からないまま”社会の中でどう扱っていくか。その問いを手放さずに、考え続けていきたいと思っています」。

未来への視線——自分の“技術”を活かす場を、もう一度

現在、日沖さんは営業職として最前線で顧客と向き合っているが、今後は分析や技術寄りの仕事にも関わっていきたいという思いもある。「ずっと技術側にいた人間として、やっぱり何かしらそこでも貢献したい。両方できるようになるのが理想です」。

さらに将来的には海外プロジェクトにも携わりたいと話す。「かつてアフリカで得た経験を、もう一度広い世界のどこかで活かせたら嬉しいですね」。

一緒に働く仲間としては、「ポジティブで、一緒にいて楽しい人。そして『本当にこれでいいの?』と疑問を持てる人がいい」と笑う。「生き物が好きかどうかは正直あまり関係ない。それよりも社会課題やビジョンに共感してくれる人と働きたいです」。

現場から始まり、世界を巡り、営業へとフィールドを広げた日沖さん。その柔らかさと芯の強さが、シンク・ネイチャーの多様性と未来を支えている。